波瀾万丈

□世態人情
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目の前にあるのはどこまでも続く青い空と海。
頬を撫でるのは心地いい海風。
カモメの鳴き声を耳に、甲板の端の欄干にもたれ掛かりながら船外に出した足をぶらぶらと揺らす。

「おう、***」

「長っぱ……ウソップ」

「お前、今、長っ鼻て言おうとしてなかったか?」

「気のせい、気のせい」

背後からかかった声に振り返ればゆっくりとこちらへ向かい歩いてくるウソップを視界に捉えた。
うっかり長っ鼻が口に出掛かって誤魔化すように片手を上げて見せれば、向こうも応えてくれた。

とすんっと音がして隣へ腰掛けた存在。
こんなにも間近で接するのは初めてだと言ってもいい存在。

この船のメンバーの中で積極的に寄ってくるのはもっぱら能力者達で。
その他は引っ付く能力者達を呆れたように見つめるというのが常だった。

それほど大きくない船。
無理矢理拉致されたと言っても拘束されているわけではないので、船の中をふらふらしていれば一日のうちに二言三言は喋ることはある。
それも本当に挨拶だったり誰かの行方を聞いたりとかそういった程度。
あえてお互いに絡むことはなかったので、いきなり隣に座られても対応に困るというのが正直なところなのだが―――理由は、分かる。
聞きたいであろうことも。

大変だ、大変だ、***が!と真っ青になった長っ鼻が戻ってきたサニー号の上。
顔を合わせた途端、彼の顎はそのまま甲板につきそうなほどに開き、心底驚いていたのだから。

「……あのよ」

「んー?」

「あれ、あれがあーでああなってる中で、どうやって逃げて来たんだ?」

「あー…」

『あ』が多い。
多すぎる。
あえて固有名詞を出さないのは優しさなのか何なのか。
まぁ、相手が相手なので名前を出した途端に『呼んだー?』なんて、ひょっこり現れたらシャレにならないのであえてのアレ呼ばわりなのだろうと予測する。
むしろありがたい。
自分も―――不吉すぎて名前を口になんて出したくはなかったから!

「それよりさ、先にこっちが聞いていい?質問に質問を返すようで悪いんだけどさ」

「ん?ああ、いいぞ」

快いOKの言葉に一番気になっていたけれど聞いたら墓穴を掘ることになるんじゃ…と思ってぐるぐるしていた事。
ある意味、ウソップが隣に座って話しかけてくれたのは幸運だった。

「ここの連中って、海賊だよな?」

「あ?ああ、そうだ」

「なんで、……アレから逃げ出したって思うわけ?実は俺が海軍だったとか、その関係者だった、とかいう疑いは?」

ないの?と尋ねれば、一瞬何を言われているのか分からないと言いたげにパシパシと瞬きを繰り返した長っ鼻は、うーん、と顎を摩りながら答えてくれた。

「最初はな、スパイかって疑ったのは確かだ。いきなりルフィとか能力者達をトッロトロにしてんだろ?でもな、もしお前が海兵だったらゾロに担がれて攫われたり、風呂で溺れたり、自分が食った悪魔の実を忘れたり、………間抜けすぎるだろ」

「うっ」

その通りすぎるというか、俺でも勝てる、と言われた気がしてなんだか悔しい気持ちになるのは何故だろう。
散々間抜けな失敗を晒しているせい、か。
スパイ疑惑をかけられての生活が続くのを考えれば、早々にそんな疑惑が解消されたのは良しとしなければならないのかもしれないけど。
物凄く複雑な心境だ。
はぁ、と大きな溜息をついて、疑われてないならとポジティブに受け止める事にして―――先ほど問われた事柄を思い出してボソボソと口にすることにする。

「えーっと、お手洗い行ってきます、帰ってきたらお話たくさん聞かせてください……って言って、トイレの窓から逃げた」

「………は?」

「だからっ!アレから逃げた時のっ!!」

自分から聞いておいて、何ソレって表情はやめて欲しい。

「ああ、あれなー…って、おま…!」

「しょうがなくね!?だってあれだぜ!?あれなのに、ここの連中と同じくらい話通じねぇの。初対面の男に久しぶりに会う親戚の子のような生暖かい視線で見つめられてみ!?恐怖しかないじゃん!」

長っ鼻のちょっと責めるような口調に噛み付く勢いで反論する。
船着場で掴まって無理矢理こじゃれたカフェに連れていかれてのお茶という、これってどんな強制イベント!?どんなフラグ!?と泣きたくなる中、窓の外にいたのはこの長っ鼻だった。

バッチリ目があったので救助信号を出してみたけれど、一緒に座っている人物が人物だったので真っ青になりながら首をぶんぶん横に振られた。
無理だ、ぜってー無理だと主張するこの長っ鼻は、一般人中の一般人であるこの俺を 見 捨 て た のだ。

酷い!
それでも同じ人間か!
とは、まぁ、言わないでおいてやろう。
少しくらいは立ち向かってくれそうな態度を取ってくれよとは正直思ったけれど、気持ちは分かる。
見捨てられたと理解した途端、ぶっ殺す!と耐えようもない殺意は沸き起こったけれど、もし自分がこの長っ鼻の立場だったらいちもにもなく逃げてた。
迷うことなく逃げていた。

自分が出来る範囲で頑張ろう―――だって、この世の中にはどうにも出来ない事はどう頑張っても出来ないものなのだ。
ということで、この長っ鼻がピンチな時はこちらも容赦なく見捨てるつもりである。

「ま、まぁ、そうだよな。それは、もう、仕方がなかったな」

「うん」

慌ててフォローするかのように言葉を繋ぐ長っ鼻。
その長い鼻を間近で眺めながら、ふぅっと小さく息をついた。

「でも、よ。あれが海軍の大……お偉いさんって知ってた、か?」

それで逃げたのか、と視線で問われて、何と答えていいのか少しだけ悩んだ。
漫画を読んでいたら知っている人物。
結構早い段階からロビン絡みで顔を出していた大将―――青キジ。

長っ鼻の言いたい事も、聞きたいであろう事も分かる。

自分は海賊ではない。
ルフィやチョッパーにくっ付かれ仕方なくゾロに担がれて拉致された人間。
本来なら逃げなくても良かったし『海軍』へ助けを求めていい存在だ。
海賊に攫われたんです、と訴えれば一応背中に正義を背負う軍へ所属する人物なのだから助けてくれたに違いない。
もしかしてあの島まで送ってくれたかもしれない。
だが、しかし。

「お偉いさん…いや、海軍ってのはあの『正義』で分かったけど………助けを求めていいのかちょっと不安だった」

「…………」





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