波瀾万丈

□全力疾走
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まったくもって食った覚えのない悪魔の実のせいで、血が流れた途端、能力者ほいほいへと変化するらしいこの身体。
かすり傷ひとつで自分が粘着テープになったのではないかと思うほどに周囲に酔っ払いのような人間がべったりと引っ付いてくる。
能力者というやっかいな奴らが。

うっとおしい事この上ない。
恐ろしいこと山のごとし。

どんなに離れろと訴えても怒っても脅しても、彼らがおとなしく離れたなんてことはない。
べたべた、べったり。

基本がシャイな日本人。
スキンシップは得意ではない。
むしろこの世界に来て苦手な部類に入った。
いくら抜群のプロポーションの女性にひっつかれてもゾゾゾっと鳥肌しか立たないという―――年頃の男として大丈夫なのか、と心配してしまうような現状。


だから!
絶対に怪我はしない。
絶対にお姫様のごとく肌は傷はつけない。
絶対に新たな能力者にも会わない!!


と願うのが普通の感覚だと思う。
新たな能力者なんて最悪だ。
自分から探したくはないし、会いたいとも思わない。
近づきたくもない。

この船―――サニー号の上にいるのは漫画でおなじみの連中であったし、まぁ、傷を作らなければ結構近くにいるなー程度。
近くにいてちょっと多めにおしゃべりするな、って感じ。
ルフィ曰く、血が出ていないときに傍によると胸がホカホカするのだそうだ。

へー、と思って………ちょっと逃げ出したくなった。
なんだホカホカってよ!
曖昧すぎて逆にこえーよ!
でも悲しいかなここは海の上。
陸に上がって変な能力者を引っ付かせるかもしれないと考えると―――天秤にかけたらどちらが傾くかは目に見えている。

この身が傷つかなければこの船の連中はいわば世界の中心というべき漫画の主人公達。
漫画で見たことのある奴ら。
そして基本的に悪い奴らではない。

主人公達が、こんな一般人に無条件に好意を表してくれて、にこにこ嬉しそうな表情を浮かべてくれるのは不思議でしかないけれど、
役得と捉えようと無理矢理納得させた。
抱きつかれたり、抱きしめられたり、ひっつかれたりしなければ、とりあえず許容範囲だよなと色々諦めた。

だって、島から拉致された状態なので行くとこがないんだもの!
この船しかないんだもの!
あの島に帰りたい、元の世界に返りたいという願いは何よりも強くある。
けれど、一人で抜け出すのは大変危険なんだということも学んだ。
先だっての島でいきなり漫画で見覚えのある海軍大将にカフェに連れ込まれて親戚の子を眺めるかのような眼差しをくらってしまったので、出来るだけ能力者には会いたくないし会う機会は作らないほうがいいとそう心に誓った。

摩訶不思議なワンピースの世界には色々な島があるのだろう。
元の世界では見れないような、体験できないような事もたくさんあるに違いない。
漫画の中でルフィは島に着くたびに冒険だーと駆け出していくような描写があった。
出来ることなら自分だって色々体感してみたいのだが、好奇心と己の安全なら迷わず『安全』を取る。

好奇心は猫をも殺す、君子危うきに近寄らずということわざもある。
自分が大切!に決まってる。
だから、島には金輪際下りない。

けれど安全なチャンスがあったら(どんなチャンスかは分からないけど)あの島に帰る。
元の世界に帰る。
マッハで帰るつもりだ。

これを胸に刻みスーパーな船大工が自慢するサニー号の上、海風を受けながら昼寝でもするかと芝生の甲板の上に出た瞬間だった。

ひょいっと身軽な動作で船の欄干を乗り越えてきた見知らぬ相手を前に、全ての動きが止まる。
息すらも止まってしまっていたかもしれない。
それほど驚いた。


え?なに?
あれ?
ここ、島じゃないよな?
思いっきり海のど真ん中だよな!?
なんで欄干を飛び越えて来る人間が!?
まさか―――敵襲!?


甲板に降り立ったのはテンガロンハットをかぶった上半身裸の男。
鍛えぬかれ素晴らしいほどの筋肉に覆われた身体をおしげもなくさらしている。
ぽかんっとこちらを見つめるその黒い瞳と頬に散るそばかすが少しだけ男を幼く見せたが―――そんなもの何の助けにもならなかった。

どどどどどうしよう、と慌てる。
平和な日本に生まれた現代っこ。
殴り合いの喧嘩なんてしたこともない。
あんな筋肉のついた身体で殴られでもしたら、骨折はおろか弾丸のように吹っ飛んでしまいそうだ。
やることないから昼寝すっかなー、と芝生の敷かれた甲板を目指して歩いていただけだったのに。

互いに互いをじっと見つめながら出方を待つ。
ここで大声をあげたらいつも船の後方で鍛錬か昼寝をしている剣士が飛び出してきてくれないだろうか。
ああ、でも大声を上げた途端この不法侵入者に殴られでもしたら生きていけない。

マジ、どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
テンガロンハットに上半身裸、そしてそばかす―――見覚えがあるよな気がしないでもないが、この場にいるのは彼と自分だけなのだ。
とりあえず自分自身の安全を確保しよう。

【野生動物と出会った時は先に目を逸らした方が殺られる】

ナショジオのアフリカだかサバンナだかの特集番組で見たような気のする教訓を胸に、目を逸らさずにそろっと後退する。
途端、
今の今まで見開いた瞳でじっとこちらを見つめていたテンガロン半裸男がダっと物凄い勢いで駆けてくる。
あっという間に距離を縮められ、ぎゃーっと内心で悲鳴をあげた。
気分はライオンに狙われたインパラだ。
食われるというか殴られる、―――その痛みを覚悟をしたのに、


目の前まで人とは思えないほどの速さで駆けてきた青年はそのまま腰を90度に折っての最敬礼で




「結婚を前提にお付き合いしてください!」




右手を差し出してきたのだった。





全力疾走






同性に出会いがしら数秒で結婚前提のお付き合いを申し込まれました。
逃げたのは言うまでもありません。





2011.07.18
 

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