波瀾万丈

□陰陰滅滅
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「いやー、わりぃわりぃ」


にかりとした笑みを浮かべるのは先ほど不法侵入してきたテンガロン半裸男だ。
なんか見覚えある…と思っていたのは正解で。
エース。
火拳のエース。
ルフィの兄という重要キャラだった。

「見慣れたジョリーロジャーが見えたから寄ってみたんだけど、挨拶もせずに悪いな。まさか運命の出会いがあるとは思わなくてよ」

あっはっはっは、と豪快に笑い飛ばす存在に、こちらは背筋が冷える。
なんだ運命の出会いって!
ちょっと良く見ろ!
運命でもなんでもないぞ!
同性だぞ!
と訴えたくても、訴えた途端、意識がこちらに向いてしまいそうなのでじっと我慢の子である。

せっかくテンガロン半裸男の意識がこの船のクルーへと向かっているのだから、今のうちにこの拘束を解いて距離を置きたい!
突然現れ、突然結婚前提宣言をされた後、
心の中だけでなく、ぎゃー!と悲鳴を声に出して逃げた。
なにそれこわい!
とテンパったまま逃げ出したけれど、相手は(後々知ったが)重要キャラだったわけで。
しかもこの世界は化け物クラスの強さを誇る奴らがゴロゴロいるわけで。

あっという間にとっ掴まって、両手を握られニコニコ笑顔でまるで初めての告白中学二年生編的な感じで『返事は?』なんて追い詰められている頃になってようやっとこの船のクルー達が何だ何だと現れた。

おせーよ!
半泣きになりながら助けを求め―――る前にルフィがエースだなんだと騒ぎだし、ああ、やっぱ重要キャラか…と凹みながらもどうにか握りこまれている両手を取り戻そうと頑張ったのだが。
ビクともしねぇ!

「それで、今回はどんな用事なの?」

「用事なんてなくたっていーよ!だってエースだもんな!」

ナミの非常に常識的な問いかけを笑顔で一蹴するのは船長だ。
この船のトップだ。
それでいいのか、船長さん。
ちょっと良く見て。
なんかお兄さんの近くにいるから!
両手ぎゅぅぅぅって握られたままにっちもさっちもいかなくて半泣き状態の俺が!
俺がいるから!!!

「悪かったわ。質問を変える。それで、なんで***の両手を握っているわけ?運命の出会い発言で軽く予想はつくけど、一応、ね」

はぁっと呆れたような諦めたような溜息をつきながら問いかけるナミと、ようやくテンガロン半裸男に捕まっている存在が見えたのかきょとんっとした視線がいくつもこちらに突き刺さるのを感じる。

おせーよ。
お前ら、本当に何もかもがおせーよ!
がっくりと項垂れて滲みだす涙すらも拭えぬ状態で(両手を拘束されたままなので)、重い重い重い溜息を吐き出した。

ああ、空も海も青いなぁ。
遠くを見つめて現実逃避をする中、テンガロン半裸男もきょとんっと目を見開いてからこちらへと視線を落とし、そばかすの散った頬をちょっとばかりピンクに染め上げた。
現実逃避をしていたのに、衝撃的な光景を目にしてしまい、ぞわわ、と背筋が総毛だったのは言うまでもない。

「胸がホカホカしてきたらそれが恋。結婚を申し込めってオヤジに言われてたんだけどよ」

「「「は?結婚!?」」」

「返事もらえなくって」

察してくれた?
ねえ、察してくれた?
俺、今、物凄いピンチだって、みんな察してくれたかな?
仲間じゃないってのは分かってる。
拉致された身で―――、それも知らないうちになっていた悪魔の実の能力のせいで船長やら船医やらをトロトロにしちゃっていたから持って来ざるを得なかったってのは分かってる。
流れ的にこの船の居候というかただ飯食らいの位置になっちゃってるのは分かってる。

でもな、
俺な、
何も悪いことしてないのに、
同性に結婚を前提にお付き合いとか言われてんだ。

すげー、不幸じゃないか?
助けてあげようって気にならないか?
同じ釜の飯を食った間柄だろ!!!

「***、アンタ…怪我は……してないのよね」

呆然とした航海士の問いかけに小さく頷く。
してたらこんなもんじゃないというか、ベロンベロンだと思う。
むしろベロンベロンの方が良かったかもしれない。
本気で泣きそうになりながら視線を流した先にある表情はどれも複雑そうだった。
だよね!
そうだよね!
状況分かったら―――誰か助けてくんないかな!
両手ぎゅぅぅぅっと塞がれててどうにもならないんだ!
という無言の訴えが通じたのか、

「だめだ!」

声を張り上げたのは船長だった。
ブラボー、船長!
ありがとう、ルフィ!

「いくらエースだって、***はダメだ!」

やんねーぞ、と船長がそう主張してガツガツとこちらに寄ってきたかと思えばバリっとテンガロン半裸男の手を離してくれる。
自由になった両手。
やった、と小さくガッツポーズを作りながら一目散に逃げた。
テンガロン半裸男から離れ、ナミやロビンやチョッパーが固まる場所へと飛び込む。

こここここここわかったー。
なんかめっちゃこわかったー。
とりあえずゾロを盾にして(背中に隠れた途端、物凄く嫌そうな顔をされたが無視だ、無視)身の安全を図る。
ほんと船の上で能力者に遭遇するとは思わなかったぜ。
海でも危険ってどうなんだよ、これ。

「んなこと言ってもなぁ」

「***をいっちゃん最初に見つけたのは俺だぞ!だから嫁になんてやらねぇ!絶対に駄目だ」

とりあえずこちらは一応身の安全を確保したけれど、ダメと強く主張する船長とこめかみを掻きながら困ったような笑みを浮かべるテンガロン半裸男はいまだに会話を続けている。
そうして一呼吸後、テンガロンハットへ手を当て深く被りなおしたエースが口元に不敵な笑みを浮かべるのが見えた。
帽子の影から覗く漆黒の瞳は、挑発的な色を含み目の前に立つルフィへと注がれている。

「上等だ、ルフィ。勝負するか」

「あったりまえだ!」

「一度も俺に勝てた事ないくせに?」

「昔の話だろ!」

両の手の指を組み合わせて、ポキポキと音を鳴らしながら互いに睨みあう男達。
ゆらりと不気味に甲板の空気が揺れる。

「海賊はよ、欲しいモノは手に入れないと気が済まねぇんだ。分かるよな?」

「海賊は一度手にいれたモンは手放さねぇってのも知ってるだろ?」

いや、かっこいいこと言ってるけど、お前ら、なんでそこで争ってんの?
会話の内容からして無視できないけど―――争ってんの男だからな?
ナミやロビンという美女ではなくて、どこにでもいる男だからな?
つか、ルフィは分かってやってんの?
エースは本気なの?
どうなの、そこんとこ!!!
置いてけぼりで始まってしまった兄弟喧嘩―――と言っていいのか分からない争いの前で呆然とすれば、はぁっと大きな溜息をついた航海士がくるりとこちらを振り返った。

「『喧嘩はやめて!私の為に争わないで!』とか言ってみたら?」

「あら、いい案ね」

「***、お嫁に行っちゃうのか?」

「オヨヨ、そんな寂しーです」

「なんか、お前、スーパーだな」

好き勝手な勘違いをしているクルーと、くだらねぇ、とそんな冷たい一言を残し剣士とコックが引っ込んでいく。
ああ、なんだろう。
なんかさ、




「………空が青いなぁ」

「おい、***、現実を見つめろ、現実を!」




空を見上げて、ふふふ、という笑みを漏らせば傍にいた長っ鼻が飛び上がったように驚きがくがくと揺らしてくるが、


泣いていいかな。
泣いてもいいよな。






陰陰滅滅





安全地帯ってあるのでしょうか。





→おまけ?

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