波瀾万丈

□一念発起
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さて―――、



船にいようがどこにいようが能力者の危険が付きまとう事が判明し、船長よりも権限のある航海士から
『いい加減アンタの悪魔の実の対処法を突き詰めなさいよ!』
という指令が下った。

いや、突き詰めろとか言われても……能力者ほいほい(粘着シート)になるのが分かっている中で怪我はしたくない。
むしろその危険性が分かっただけでも良しとして欲しい。
分かった時の『かさぶたガリッ』の痛みと衝撃と恐怖は出来るだけ思い出したくもない。
あれはぶっちゃけトラウマだ。
治りかけの傷口に出来たかさぶたを普通の顔をして普通の態度でガリッと出来る人間は世界広しといえどナミしかいない。
むしろナミしかいないでくれと願うしかない。
そんな人間がゴロゴロいたら怖くてしかたがない。
あれはもう鬼だった。鬼の所業だった。

と怯えの方が先に立つのだけれど、も。
悪魔の実を本当に食ったのかだけは確かめたい……かもしれない。
能力云々、対処方云々の話はその後だ。





ということで―――、




「よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる。

「まかせろ!」

「なんで俺が…」

ドンっと頼もしく胸を叩いたのは長っ鼻で、
嫌そうに顔をしかめたのは緑頭の剣士だ。
言葉も態度も『面倒くさい』感バリバリでちょっとでも目を離せばこのまま船尾に戻ってしまいそうなので、慌てて引き止めるように飛び縋る。

「どうせ寝てるだけなら手伝ってくれたっていいじゃんか!」

めちゃくちゃ嫌そうな顔でギロリと睨まれたが、そもそもこの船に無理矢理担いで連れて来たのは誰でもない―――この男だ。
あそこで担ぐのはルフィとかチョッパーにすればよかったのに、何故に俺を担いだ。
そこから間違っていた気がしてならない。
とりあえず責任は取って欲しい。むしろ取らせる。

うっかり小さな海とされる風呂で溺れた。だがしかし、海ではまだだ。
悪魔の実の能力者を強制的にカナヅチにするという海。
そこでマジで溺れるのか確かめたい。
溺れたら『なんか覚えてないけど実をくっちゃったんだな』って腹くくれる気がするから。
と訴えて救助要因としてウソップとゾロを確保した。

人ひとり、しかも力の抜けた人間を引きずりあげるというのは意外と重労働となる。
だからウソップだけでは心もとない。
なぜなら一緒に溺れてしまう気がする。
となれば、ゾロはルフィやチョッパーなどが溺れる度に救出していると聞いたので、溺れる人間を抱えるのなんてお手の物だろう――と思って。

お願いします、貴方だけが頼りなんです、と駄目押しとして丁寧に頭を下げれば、確かビビ王女(会ったことはないけれど)にMr.ブシドーと呼ばれていた男は不承不承という感は抜けなかったものの微かに頷いてくれた。

よし、だいたいゾロ扱いは分かった。
泣き落としに礼儀正しいお願いが一番効くな。
なにかあったらこれで助けを求めよう。
心のメモ帳にそう書き記してから、サニー号の上から海を眺めた。

「よし、行け、***」

勇ましく声をかけてくるのは長っ鼻。
自分が飛び降りないと思っての発言にちょっとばかりイラっとくる。

「いや、行けって言われても……意外と船から海面って遠いのな」

そう、遠い。
海が遠い。
船で人が暮らせるように作られてるせいか、物凄く大きいのだ。
海面が遥か遠くに見える。
まさに高飛び込みの世界。
ごくりと唾を飲み込みながら首を長く出して下を覗き込む。

無理無理無理!
だって、本気で『飛び込み』しなければならないのだ。
普段であれば―――元の世界の俺であれば、ひょーいって感じだった。
幼い頃に行ったスイミングスクールのお陰で泳ぎには自信があった、から。
けれど、浴槽で溺れるという経験をした後にひょーいってわけにはいかない。

飛び込んだ後に浴槽みたくなったら?
力が入らなくて、まったく身体が浮かなくて、どんどんと肺に水が入り込んでくるあの感覚を味わうことになったら?

進もうとする足を、全身を、固まらせたのは恐怖だった。
やっぱり、ここは嫌かもしれない。
もうちょっと海水浴場みたいなトコで足元からおずおずって感じで海に入りたい―――と背後の二人を振り返った瞬間、
ニヤリと悪役のように笑う緑頭の剣士の顔が見えて、ドンっという衝撃と共に身体が浮いた。

「!!!!!!!」

「早く行ってこい」

突き飛ばされたのだと気づいた時には落下時に聞こえるひゅうっという音が耳元でして、直ぐ様バシャーンっという水音へと切り替わる。



落ちた!
海に!
否、―――落とされた!
海に!!!




あわわわ、と最初はパニックになったけれど、まず、これがいけない。
パニックになってしまえば、泳げる人間でも溺れてしまう。
まずは平常心。
大丈夫、水は敵じゃない。
味方だ。
身体の力を抜けば人の身体は浮くように出来ているのだから―――と、スイミングスクールでの教えを思い出しながら全身に入ってしまっている力を抜こうとしたのだけれど。

なんだかすでに抜けていた。

抜けていたというよりも、力が入っていない。
だらっとした手足がゆらゆらと揺れるのが見える。
こんなにも無抵抗なのに、身体は一向に海面に向かおうとはしてなかった。
どんどんと海底へ―――深い深い海の底へと引きずり込まれていく。


違う、
違う、
違う、
浮くんだ。
浮くはずなんだ。


なのに身体はまるで吸い込まれるように沈んでいく。
慌てて手足に力を入れて。
重くも感じる海水を掻き分けて浮上しようとするのだけれど。
そう命令するのだけれど。
ゆらゆらと揺れる手足はのたのたと動くだけで、まったく役に立たなかった。

コポ、っと耐え切れなくなった泡が口元から逃げる。
唇に力を入れようとしても、苦しくて苦しくて、口の中に、肺の中に溜まった空気を吐き出した。
ゴボゴボという嫌な音と共に目の前を通りすぎるのは無数の泡。
吐き出しても吸う事は出来ないのに、息を止め続けていることが出来なかった。


苦しい。
もうだめだ。
限界。
死ぬ。
溺れて、




死 ん で し ま う 。





手足を動かして海面に向かいたいのに何も出来ない。
ぼんやりとしてきた意識の中で、力の入らない身体がぐいっと引っ張り上げられるのを感じた。
背中にある気配と、胸元に回された腕。
ぐんぐんと自分の身体が浮上していくのが分かり、突然頭上が割れ海面へと出た。

「おーい、***、ゾロ!大丈夫かァ!」

「げっほ、……うえっ……げほげほ……っ……」

「大丈夫だから、息しろ」

耳元で聞こえる低い声。
背後からこちらを支え、固い指先が顎を掬うように持ち上げて固定する。
海面へと出た途端、ひたすら息を吸おうと喘いだ。
盛大に咳き込んで沈みそうになる顎を支えられて気管が広がりひゅぅっと喉が鳴る。
苦しい、辛い、怖い、塩辛い。


―――死ぬかと思った。
でも生きている。


「ぶわぁぁあああああんんんん!」

「うるせえ!叫ぶな!泣くな!」

不機嫌が声が耳元であがったがそんなものに構っていられなかった。
だって、だって、だって!

溺れた!
溺れてしまったのだ。

何も出来ず、泳ごうとしても、浮上しようとしても、まったく身体が動かなかった。
自分の身体じゃないみたいにまったく自由にならなかった。
しかも、現在進行形で力が入らない。
こんな感覚知らない。

「うう…おぼれた…」

「残念だったな」

力の入らない身体を支えるように立ち泳ぎしてくれる緑頭の剣士に感謝しつつも心の中は絶望でいっぱいだった。

ああ、もうダメだ。
認めよう。
能力者であることを認めよう。
だって泳げるはずの海で死に掛けた、のだから!

だがしかし。
なんなんだ、この実。
需要はあんの?
攻撃だって出来ない、防御だって出来ない。
ただ能力者がハベるだけ。
能力者をハベらせたいのであれば(サンジは透明になる実が食いたかったと漫画で読んだ気がするけど)これ以上ない能力だろう。

けれど、ひっつくだけなのだ。
べたっと。
酔っ払いのように、またたびを嗅いだ猫のようにベロンベロンになった奴らが引っ付くだけなのだ。
離れろと頼んでも怒っても宥めすかしてもダメ。
どうやっても離れない。
まさに酔っ払いに説教の状態。

こんな実の能力をカナヅチになってまで手に入れたくない、絶対に!
ウソップの投げてくれたロープを伝って、人ひとり脇に抱えてても余裕で登っていくゾロのTシャツで滲んできた涙を拭う。
甲板に落とされて、ありがとうございました、と土下座状態で頭を下げながら感謝を捧げた。

本当にゾロがいてくれなかったら死んでた。
海、怖い。
つか、悪魔の実、怖い。

ボタボタと落ちる海水と共に涙を流してしまったが、こんな状態じゃ気づかれないだろう。
バサっとタオルを頭の上に落とされて視線を上げれば、ウソップが心配気にこちらを見下ろしてきていた。




「とりあえず実の名前と効力がマジで知りたい。こんなんじゃ対策も取れない」






一念発起




腹、くくりました。





2011.07.30
 

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