波瀾万丈
□思案投首
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「デロデロの実?」
「効果が違う」
何でもデロデロに溶かしてしまう能力と描かれた項目を指差して溜息をひとつ。
「メロメロ、か?」
「あ…!あ、でもなんか、効果はそうっぽいけど……食ってる人いるっぽい」
「そんじゃ、トロトロは?」
「…えーっと……トロトロ……あー、ダメだ。身体が液体状になるらしい」
ゾロに思いっきりサニー号から突き落とされて溺れて助けられて、なんなのそのツンデレみたいな行為!と罵りたい行為によって、まったく身に覚えがないけれど悪魔の実の能力者になってしまった事を認めた。
認めざるをえなかった。
何故なら、元の世界では魚のように…とは言いすぎだけれどもある程度は泳げていたから、だ。
悪魔の実。
ワンピースの世界特有の実。
食った物は飛びぬけた能力を得る変わりに海に嫌われてカナズチとなる。
味はものっそマズイらしい。
そんなモノまったくもって食った覚えがない!と主張したいのだけれど、溺れてしまった手前、違うと主張も出来ないので腹をくくるしかなかった。
どうにかしなきゃいけないと初めて心の底から怯えたといってもいい。
全身がゴムのように伸びたり炎になったり砂になったりする程度ならいい。
血が流れた途端、能力者ほいほいになってしまうのはヤバイんじゃないかと―――今更ながらに危機感を覚えたのだ。
そして、
ナミの持っている悪魔の実図鑑をもう一度ちゃんと確認しようと、甲板の上に広げてウソップと共に捲っている最中なのである。
どんなに捲っても自分が食べたであろう『実』が持つ能力は図鑑の中に見当たらなかったが。
「やっぱダメか…」
「いくら最新とはいえ、過去に存在した悪魔の実の名前と能力を纏めたやつだからなぁ。過去にそれを喰ったやつがいなかったら、新種ってことで………あー、もしかしたら…」
言いにくそうなウソップを前にしょんぼり項垂れる。
うん、予想はしてた。
前に見て探せって言われて捲った時にこんな能力がある悪魔の実の名前は出てこなかったし。
もしかしたら見落としがあるかもってウソップと一緒に確認をお願いしたけれど―――やはりなかった。
これかも?ってものは誰かが食っているか、能力が違ってた。
ああああ、嫌だ。
新種というか、過去に誰も食ってないとか本当に嫌だ。
「攻略本なしに難易度高いゲームに挑むとか無理だろうがよ!!」
「は?こーりゃくぼん?」
「ごめん、こっちの話」
図書室近くの階段からいきなりワンピースの世界。
食った覚えもないのに悪魔の実の能力者。
最悪を通り越して、もう地獄だ。
漫画の中の世界に入ってしまいましたってだけでも驚いたってのに、何故か身に覚えのない悪魔の実の能力者となってしまっていた。
神様はきっと俺の事が嫌いなんだとやさぐれたくなる。
有名な某TVドラマでは『神は乗り越えられる試練しか与えない』とか繰り返し主張していたけれど―――これ、乗り越えられるんだろうか。
最初から負け戦のような気がヒシヒシとするんだけど。
乗り越えられない気がするんだけど。
二次元とか三次元とかそういった次元超えてしまってんだけど?
それでも乗り越えろって神様は言うんだろうか……神様じゃなくてそれってもう鬼なんじゃね?
と思わずにはいられない。
でも乗り越えないと元の世界に戻れないし、高校も卒業できないし、大学受験すら出来ない…。
はぁ、っと重い溜息をついた。
来る時はあっという間―――というか階段から転がり落ちてだったけれど、帰る時はそう簡単にはいかないらしい。
島でも世界でも『帰る』事が一番大きな目標だ。
しかし、その前に目の前に転がる問題をひとつひとつきちんと解決していかないと、とんでもないことになる。
とりあえずはこれ。
食った覚えのない悪魔の実。その能力。
能力者であることを自分自身が受け止めて、対策を練らないと―――身の危険を感じるのだ。
「そもそもなんで食った覚えもないのに能力者なんだろ」
「そこからかよ!」
「だって!」
まだ言ってんのか、というウソップの呆れ気味の声に不満を訴える。
「本気で食った覚えがないんだって。一生忘れられないまずーい味なんだぞ?絶対に忘れないだろ。しかもうっかり悪魔の実を二つ食べると………身体が飛び散るって図鑑に書いてあったじゃん!忘れるとか命に関わるのに……そんなまずいものを食った覚えがない」
「うーん、なら体質とかか?能力者を惹き付けるのも、カナヅチなのも、そうなんじゃねーか?」
「そんな不幸な体質嫌だ。絶対嫌だ!って能力でも嫌だけど……どちらにしろ嫌だな。つか、カナヅチは絶対に違う。スイミングスクー………えーっと、幼い頃から泳ぎを教えてもらったから最近まで泳げた。かなり上手い方だったし」
こっちに来てしまった3年間は忙しかったり機会がなくて泳ぐ事はなかったけれど、中学の夏休みまでは幼馴染や友達とチャリでプールや海までいって泳ぎまくって真っ黒に日焼けしてたから、最近まで泳げたのは確か。
というか悪魔の実なんて元の世界にあるはずもなので、こちらに来てからになるけれど、まったくもって食った覚えがない。
世界が違うと分かった時点で、口にするものは慎重になった。
イチゴみたいな物体をそのまま口に含んで死ぬほど後悔したのだ。
トウガラシよりも辛くってのた打ち回って、三日間味覚が戻らなくて半泣きになって―――店長に呆れられた。
この実はとても辛くて有名なんだ、と。
それからは正体を確かめるまで勝手に何かを口にする事は絶対になかったし。
食べられるものは確実に覚え、忘れなかった。
だから、
悪魔の実なんて奇妙な物体を口にするなんてありえない!
絶対にしなかったと断言できる。
「うーむ」
「もうなっちまった事は諦めろ。まずどうやって対処していくかだろ」
「そうなんだけど」
うじうじと悩みたくなる気持ちも分かって欲しい。
だっていつの間にか能力者なのだから。
滲みそうな涙を、ぐすん、と摩ってからウソップへと向き直る。
「血だな、血」
「うん、怪我してなかったらベタベタはしてこないし。普通の部類に入る。まぁ……なんつーか、生暖かい目で見られる事があるけど、普通っちゃ普通」
「ルフィの兄ちゃんには求婚されたけどな」
「それはナシ。あれはなんか色々と間違ってるから。胸がホカホカしたら求婚ってのがそもそも間違ってる。究極のアホだと思う」
むしろ思い出したくもねーよ、と吐き捨てて記憶から消去したいリストのトップにある事柄にゾっと背筋を震わせた。
出来れば二度と会いたくないキャラである。
その半裸男は除外して、この船の連中には慣れたってのもあるのだろうけれど、害はないといえば―――ない、部類に入る。多分。
唯一船以外であったのはだらけた海軍大将だけど、あれもパフェを無理矢理食わせようとしなければ話が通じないくらいで害はなかった……多分。
「ベタベタしてる時にアイツらに言うこときかせられないのか?」
「無理。だってあの状態のときに何度離れろって叫んだ事か。それで離れてくれた事ないし。そもそも話を聞いていないに違いない」
「あー、よく考えりゃそうだな」
うーん、と互いに首をひねりながら考える。
図鑑にも載ってなかったので結構お手上げなのだ。
「こうなりゃ本人達に聞くしかないな!」
「えっ!?」
「ちょうどいとこに!おーい、ブルック!」
おーい、と手を振るウソップに甲板に出てきたばかりの骸骨が気がついた。
わたくし?という感じで自分自身を指差してから、こちらへと歩いてくる骸骨。
いつ見ても、骸骨DEアフロ。
「はい、なんでしょう?」
「あのよ。ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
「ええ、よろしいですよ」
よほほ、と機嫌よく笑う骸骨にウソップは―――ストレートだった。
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