短編

□日記小話(人外)
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*人外設定です。
口調はアレですが、男主です(笑)





パンをえんがために純真無垢を失うよりも、餓死に甘んじるほうが人間にとってましである―――、


という格言があるが、飢えほど辛いものはない。
何をしても、どこにいても、『食べたい』ものばかりに意識がいく。
どう頑張っても空腹感を誤魔化すことは出来ないし、食べることが出来るのであれば何でもする!何を失ってもいい、とそう願う程に飢えは辛く、苦しい。
それにもう人ではないのだから―――純真無垢など、否、すでに人間性すらも失ったも同然だ。

そう、食わねばならない。
身体中が空っぽになってしまったかのような空腹感から逃げるには、食べるという行為に没頭しなければならないし、そうすべきなのだが。


「………」


今、まさに、捕まえた『獲物』を前にくあっと大きな口を開けてかぶるつこうとしている、飢えから開放される幸福といってもいい瞬間であるはずなのに。
開けたままの口をそのままに固まるほかなかった。
夜もふけた暗い路地裏は、野良猫が酔っ払いくらいしか通らぬ場所。
不気味にすらも感じられる路地には人っこ一人いない。
だからこそ選んだのに。
こちらの頬に突き刺さるのは、じりじりとした視線。
そう、視線なのである。

とりあえず開けていた口を閉める。
綺麗にスルーして事を進めたいと思っていても、無視など出来ないほどの強さで見つめられてしまえば諦めるしかないわけで。
それに、とうの昔に純真無垢な心や人間性は失ってはいても、今からする『食事』はこちらを凝視する少年にとっては刺激が強いだろう。
『食事』風景を見られて騒ぎ立てられて人が集まるのは困る。
閉じた口ではぁっと小さく溜息をついて、こちらを凝視する瞳へと向き直る。

「なぁに?」

「ん?」

「ん?じゃなくて……」

きょとんっとした表情を隠さずに首を傾げてこちらを見つめる少年に、少しばかり苦笑する。
こんな人気のない路地裏でじーっと見つめてきたのはそちらだろうに。
声をかければ心底不思議そうな表情を浮かべられてしまえば笑うしかない。

「私になにか用でもあるのかしら?」

そう声に出して同じように首を傾げて見せれば、きょとんっと見開かれていた瞳が数度瞬きをする。

「ん。ない」

返ってきた答えに今度はこちらが瞬きを繰り返すしかなかった。
用もないのにそんなに見つめてくるのか、と再度問いかけたくなったが、諦めて歩きだす。
コツコツとした自分の足音が寂れた路地裏に響き――――その後を追うようにペタペタとした何とも暢気に聞こえる足音が続く。
止まれば、追ってくる足音も止まる。
再び歩き出せば、ペタペタと追ってくる。
ハァ、と溜息をつけば、片脇に抱えた存在がずるりと落ちそうになって慌てて抱えなおした。
そして、

「ねぇ、迷子?」

「迷子?」

追ってくる少年に声をかければ、首を傾げられる。

「あなたは迷子なの?」

「オレ?」

「そう」

「違う」

ぶんぶんと首を横に振られて溜息が出た。

「じゃぁ、なぜ追いかけてくるのかしら?」

なぜ?と聞けば、路地裏には似つかわしくない麦わら帽子をかぶった少年はうーんと逆方向へと首を傾げてから、

「それ、食うのか?」

こちらが片脇へと抱えた存在を指差した。
思わず舌打ちが漏れかける。
空腹に耐えかねて路地で済まそうなんて考えたのが仇となった。
まずった、と内心で苦く思いながら逃げ道を探す。

「食う、といわれれば食うわねぇ。―――大人な意味で、ね」

普通は、ね。そうでしょう?
人が人を『食べ』ないでしょう?
そういった意味を込めて少しだけ婀娜っぽく笑ったというのに。

「大人な意味で?」

それってなんだ?と不思議そうに首を傾げられてしまえば探し出した逃げ道は最初から塞がれていたのだと知れた。
重い重い溜息をつく。
極限にまで腹が減っている状況で噛み合わない会話ほどイライラするものはない。
それに付き合う余裕もない。
この辺りでいいだろう。
もう充分付き合った。
そう結論付けて、くっと軽く膝を曲げて、そのまま思いっきり跳躍。
あっという間にあたりの景色が変わり、跳ね上がった身体は近くの建物の屋上へと着地した。
間近になったのは闇色の空と煌々と照り付けてくる月。

片脇に抱えた存在に視線を落としてから駆けた。
ひょい、ひょい、と立ち並ぶ建物の屋上を飛び石のように渡る。
あの少年が騒ぎ人が集まる前に出来るだけ遠くに移動しなくては。
最初からこうしていればよかったのだ、と軽く息をついたところで、

「なあ!ちょっと待てよ!」

背後からかかった声にビタリと足を止める。
振り返った先。
そこにいたのは、薄暗い路地裏に置き去りにした少年。
目の前から消えるかのごどく真上に飛んで、そして屋上伝いに移動していたというのに。
まるでここが先ほどと同じ地上であるかのうように、追ってきたその存在に目を細めた。

「何者なの、あなた」

小さな呟きは夜風に攫われ、不思議な少年の耳に届くことはなかった。
不思議そうに首を傾げてこちらを見つめてくるその瞳が抱えている存在に注がれているのに気づき、ああ、と思い当たる。

「もしかして、……知り合い?」

埃と煙と喧騒と怒号にまみれた店内。
ひしめき合う人々の間を縫うようにカウンターまで歩き、座ればいい。
あとは黙っていればいい男と言われる餌(自分)に食いついてくる獲物を待つだけ。
『ねぇ』とかけられた甘ったるい声と匂いに思わず眉が寄ったが贅沢は言っていられなかった。
空腹は最高の調味料である、という格言の通り好みでなくとも空腹は極限に達しているのだから何でも美味しきいただけるはず、と。

うまい具合に外へと連れ出して、さぁ、という時にこの少年の視線に気がついた。
あんな場末の酒場に入り浸りそうな女性と、太陽の下が似合いそうな麦わら帽子の少年がどんな知り合いなのか不思議ではあったけれど、知り合いならばここまで追ってくるのも理解できる。
うまくやれなかった自分が失敗しただけだ。
もう少しで喉も腹も潤すことが出来たの、に。
がっくりと落ち込みながら、抱えたままだった身体を屋上へと下ろそうとした瞬間、

「いや、知らねぇ」

届いた声とその内容をすぐさま理解することは出来なかった。
しらねぇということは、知り合いではないということ。
キッパリと首を振った少年は、

「そんなもん食うよりサンジの飯食えよ!うまいぞ!」

肉とか、肉とか、肉とか!
まるで太陽のような笑みを浮かべて続ける。
数度瞬きを繰り返して、そして、ふるふると自分の身体が小刻みに震えているのが分かった。

「いえ、いらないわ」

「なんでだ。すげーうまいのに」

心底不思議だ、と言いたげな表情に、ブツリと何かが切れた。
何がさんじだ。
何が肉だ。
眩暈がするほどの空腹で。
好みではなくとも食えそうな物が目の前にあるというのに、
何度も、何度も、何度も邪魔される。

「うまくてもなんでも、いらないの。私にとって必要なのは、人間」

胸の中へ沸いたふつふつとした怒りの感情のまま抱えた存在の頭を鷲掴む。
とろりとした瞳は虚空を見つめ、露になった白い首筋ではとくとくと生命が脈づいていた。
自然と息が荒くなる。
ごくり、と生唾を飲み込めば、鋭い牙が唇の端をゆがめるように押し上げているのを感じる。




「人の生き血が大好物なのよ。吸血鬼(ヴァンパイア)だから」









おねえな感じの吸血鬼と麦わらの船長さんの組み合わせも面白そうだな〜と(笑)



2012.6.11 日記小話
2013.2.13 再UP

 

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