NO WHERE.

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厚いブーツの底で降り積もった雪を踏み固めるようにして歩く。
いつもの癖で足音を立てないように歩を進めるが、あまり意味をなしてはいないだろう。

散歩に行ってもいい?と聞けば主治医であるチョッパーは渋い顔をしながらも、少しならと許してくれた。
しかし何度も何度も何か言いげにこちらを伺うので、絶対に城から遠く離れない、無理はせずに帰れる範囲にいると約束をして、一日の中で一時間程度の散歩が日課となった。

雪を落とす針葉樹の木立を抜ければ、ぽかっと空いたような雪原へと出る。
真っ白な雪の上には何の痕跡もなく、ただただ雪が降り積もっていくだけだった。
そのまっさらな雪の上に足跡を残すように歩いてから中央部で立ち止まる。

あたり一面に漂うのはビリビリと張り詰める殺気と称される鋭い気配である。
吹き抜けていく風に揺れる前髪をかきあげながらゆるく目を細め、辺りを見渡した。
雪原の中に現れた気配。
それに向かい唇を開く。

「―――よし」

音もなく現れ輪を狭めてくる巨大なウサギに対し、挑戦的な笑みを浮かべてみせた。
ぐあっと立ち上る殺気と共に巨体とは思えぬ素早さで飛び込んでくる。
振り下ろされた丸太のような腕を眼前で揃えた両刃のトンファーで防ぎながら、衝突の勢いを借りて後方へ飛ぶ。
くるりと空中で回転し、着地を決めた途端に他のウサギが目の前へと迫っていた。

ヒュッと風がうなる。
予想された攻撃を身をかがめるようにかわせば、ヂュッ、と苛立たしげな舌打ちとも取れる鳴き声が聞こえた。
さらに右、左と迫ってくる巨大なウサギ達をその度にかわしていく。

面白い。
この生物、かなり面白い。

チョッパーが凶暴なウサギがいると言っていた存在と出会ったのは数日前。
偶然だった。
近場を散歩してくるとちゃんと伝えて、サクサクとした雪を踏みしめるように辺りを巡っていると急に襲われた。
真っ白な何かに。

神羅から派遣された追っ手なのではと身構えたが。
そう思ったのは本当に一瞬だった。
とっさに蹴り飛ばしてしまった存在がむくりと起き上がる。
ぴょこんっと出た長い耳、もふもふの白い毛皮。

お、ウサギだ、と目を輝かせたはずなのに……―――ウサギ?
腹部をさするようにして立ち上がったものの大きさに思わず瞬きを繰り返す。
見上げなければならないほどの巨体をぽかんっと見上げてしまったのはご愛嬌。
なんだこれ、と見つめる先で、もこもこと増える増える。
あっというまに凶悪な顔をしたウサギが集団となった。

ふむ、丁度いい。大きさも申し分ない。

フレッシュな肉を食卓に出すのにいいし、保存食に加工するにもいい、と狩る気満々だったのに意外と強かった。
やるな、と思わず呟いてしまうほどに。
しかもこのウサギ、ウサギのくせに肉食。
向こうもこちらを喰う気満々で襲ってくるものだから応戦した途端、やめられなくなってしまった。

凄まじい勢いと速さで襲い掛かってくる集団の攻撃をかわし、転ばせ、蹴りあげ、投げ飛ばす。
巨大なウサギを仕留める為だったはずなのに、段々と楽しくなってきてしまい―――結局、散歩と称して外に出れば必ず凶悪な顔つきの集団がひょこっと顔を現すのが常になってしまっていた。

目の前に迫る鋭い爪がギラリと光る。
渾身の一撃を剣の面で受け止めれば、ビーンと細かな振動が手のひらまで伝わった。
爪と剣がぶつかり合った箇所からギリっと音が生れ落ちる。

「ふ……はは」

面白い。
ビュっと風を切りながら左腕が横から迫る。
まともに受ければ勢い良く吹き飛ばされそうなので、腕を蹴り上げその勢いのまま顔面にブーツを叩き込む。

ゆらりと巨体が揺れて倒れる音を聞きながら、横から突進してくるウサギを前に拳に力をこめた瞬間だった。

「***ー!」

雪風に混じり聞こえたのは自分の名前。

「お迎えだ」

迫りくるウサギの頭へと手を置いて、馬跳びの要領で相手を飛び越えるように長く跳躍してウサギの群れから離れる。
コートについた粉雪を振り払って、両刃の剣を腰へと納めれば『終わり』の合図。

「悪いな。また遊んでくれ」

ぐるる、と獣らしい喉奥からの威嚇に笑ってひらりと手を振った。
そのまま背を向け声のする方向へと駆けた。
針葉樹の間を走りぬけながらにんまりと口端があがっていくのが分かる。

「これこそリハビリだろう」

***ー、***ー、と名を叫ぶ可愛らしい声に応える為に速度をあげた。







2011.8.28
 

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