NO WHERE.

□17
1ページ/3ページ





グランドラインには季節ごとの島がある―――らしい。





知れば知るほどこの世界は不思議に満ちている。
ドクトリーヌが言うように異世界から来た人間がいるということは、帰り道もあるのではないか、と期待してしまうほど。
ここへ辿りついて今日でちょうど一ヶ月が過ぎる。

まさに『あっ』という間だった。

負わされた怪我も治り体調は万全となった先日、世界が違う事が判明した。
確かに焦るべき状況であり、事実、焦りも恐怖も感じた。
任務中に、それ以外であっても『死』という可能性を覚悟し、ソルジャーとなった。
必要とされる場所は主に戦場。
『死』は覚悟した―――だが、これはない。
世界に自分の痕跡がない。
自分の世界がない。
これほど焦り、恐怖した事はない。

吐き出した細い息は風に攫われ、白く濁る前に消えていく。

どんなに立ち向かい難い現実であっても『帰る』為には何としてでもその方法を見つけなければならない。
まさに終わりなき戦いであり、 世界か自分か、どちらかが力尽き息絶えるまで続く可能性もある。
先の見えない雪の嵐が今の自分の状態のように感じられ、暗い方向へと行きそうになる思考に苦く笑った。

「こんな日に外へ出されたからだな」

今日作る薬は繊細な調合を必要とするらしく、埃でもはいったらどうするんだい、と外へと追い出されてしまった。
バタバタと動き回るのがダメであるなら部屋でおとなしくしているのに。

叩きつけるような雪混じりの強風が吹き荒れ、ほんの少し先さえも白い闇に閉ざされるほどの猛吹雪。
凶暴なウサギと戯れて時間つぶしにしようかと思ったが、この吹雪の中歩き回る勇気はなかった。
数歩進んだだけで方向感覚がおかしくなりそうだ。

冬島というだけあって、巡る季節の中でも冬は一番長いのだという。
一年のほとんどを雪に埋もれてすごすというのだから凄いとしか言いようがない。
ゴォォォォと不気味なまでの強風が吹き荒れるのを見つめながらポケットに入れた手をゆるく動かした。

やることがない。
暇でたまらない。

何かを考えようとすれば暗い方向へと行ってしまう。
心を無にしようとすれば眠くなる。
最悪のスパイラルだった。

こんなところで寝たら凍死確実なので寝ることは出来ないとわかっているのに、ダメだと思っても重くなってきてしまうのは目蓋だ。
早く終わってくれないだろうか、と厳しい冬をジッと耐える針葉樹林帯のように大きな扉に背を預けて身動きひとつしなかったのだけれど。
特殊加工されたコートを羽織れば寒さはあまり感じないが、それでもこの極寒の地で外でじっとしていれば足元からひんやりとした冷気が這い上がってくるのは感じ取れる。

特にフードで覆うことは出来ない顔面は先ほどから吹き付ける風によって能面のように固まってしまっていた。
ごそごそと腰に付けたままのポーチを探って真紅の宝石をグローブへとはめ込んで、

「ファイア」

炎系のものでも威力としては最弱の呪文を唱えて足元へ炎の塊を作り出して、ほっと息をついた。

「…あたたかい」

薪のない焚き火。
魔法で生み出された炎は、術者からの魔力供給によって一定時間燃え上がる。
とりあえず少しの間だけでも暖が取れればいいと炎を生み出してみたはいいものの、

「……、まずい……」

生み出した炎によってじんわりといい具合に暖められ身体に強烈な睡魔が忍びよってくる。
眠い。
それも、強烈に。
先ほどは何もしなければ暇で寝てしまいそうだったが―――今回は暇で暖かくて意識を失ってしまいそうだ。

眠気を散らそうと左右に強く頭を振った瞬間、ザクザクとした足音を聞いたような気がして慌てて目蓋を開ける。

吹き付ける吹雪で白一色に染まった世界。
薄明るく見えるようでいて闇の中にいるようだった世界に、ぽつんっと浮かんだ色。

人がいた。

マントのようなコートで身を覆い、あまり見たことのない形の帽子をかぶってこちらへ真っ直ぐに向かってくる人影が確かにある。
こんな酷い吹雪の日の山頂。
城へとまっすぐに進んでくる人影に眉根を寄せた。

貴重な薬品を狙う強盗だろうか。
いつだかそんな輩が来たことがあるとチョッパーから聞いたことがある。
何事もなかったらしいが(ドクトリーヌのあの蹴りがあれば大抵の暴漢には対処できるはず)、今日は特殊な薬品調合の日である。
何にせよタイミングが悪い。

コートの合わせに指を這わすようにして前を開ける。
途端に雪風がバサバサとコートの裾を盛大にはためかせたが、腰にある両刃のグリップへ触れるように手を伸ばした。
足元にある炎がすぅっと空気中に吸い込まれるようにして消えた去るのを確認して、改めてフードを目元まで引き寄せる。

「………あれ」

耳に届いたのは若い男の声。
自分と同じかそれよりも少し下か。
不思議そうな声音に一応軽く視線を上げる。

「なぁ、今、ここに焚き火がなかったか?」

心底不思議そうな声に悪意は乗っていなかったが、とりあえず扉に背を預けたまま無言を貫いた。
その態度をどう取ったのか、ガシガシと帽子越しに頭をかいていた相手は、はっとしたようにして背筋を伸ばす。

「あ、どうもこんにちは」

腰を折って深く下げられた頭と、挨拶。

「―――こんにちは」

同じように挨拶を返しながらもグリップからは手は離さない。

「で、焚き火」

「さぁ?あったかな」

「うーん、あったと思ったんだが…」

不思議そうに燃えかすもなにもない綺麗な雪を見つめる青年。
首を捻り捻り唸っているその姿を見つめながら、一体何しにこんな山頂まで来たのかと問いかける。

「ドクトリーヌに用でも?」

「ドクトリーヌ?」

不思議そうに聞き返されて警戒を強める。
ぐっと柄を握りこんで扉から背を離す。

「なんの為にこんな山頂へ?」

「あんたはここに住んでるのか?」

人懐っこい声に眉根を寄せた。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ