NO WHERE.

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★ドクトリーヌ視点






「またやってるのかい、アイツらは…」


雪溜まりの出来た窓から見えるのは、城の外で暴れているトナカイと青年だ。
昔馴染みから預かったトナカイでも人間でもない『チョッパー』がランブルボールを使ったのか、毛玉になったり筋骨隆々にと絶えず変化しては青年へと挑みかかっている。
その素早い攻撃をひょいひょい身軽に避けているのは、血まみれで倒れているところを拾い『患者』として面倒を見ていた青年だ。
その動きは実に見事なものだと言うしかなかった。

その青年が別の世界から来たのだと知ったのはつい先日。

ポーションなるものが、―――いくらグランドラインであってもあんなモノがこの世に存在するはずはない。
噛み合わない会話にもしやとは思っていたが、先日出した街の中で、自ら真実を拾ってきたらしい。

死にそうな顔をして『この世界の人間じゃない』と言ってきたときは、今更何を言い出すのかと呆れたもんだった。
そんなもの、こちらはとうに分かっていたよ、と。

見下ろした先で、効果が切れたのか巨大に膨らんでいたチョッパーの姿が萎むように人獣型へと戻る。
黒いコートをはためかせ、少し離れた位置でそれを見ている青年は口元に微笑を浮かべるだけだった。
強さも凄味も、重さすら感じさせない立ち姿。
まったくの自然体であるのに、その実隙などどこにもない。

人形のように整った顔に、印象深い蒼い瞳。
みてくれだけは整った優男のように見えるあの青年は、全ての無駄を省いて戦闘向けに特化した身体と思考を持っている。
強張りも無理も、作為もなく、ただ自然にそう行動出来るようだと気づいたのは、小間使いとして城を好き勝手に動くことを許可してからだ。

さほどの威圧感は感じさせない。
けれど、あちこちに流される視線と身のこなしは―――厳しい環境下で徹底的に高度な訓練を受け洗練された者のものだ。
効果が切れ人獣型となったチョッパーが帽子を押さえながら駆け寄り、身振り手振りで青年に向けて何かを語りかけている。
その顔に浮かぶのは笑顔。

それを熱心に聞き入っている青年の浮かべる笑みもまた慈愛に満ちたものだった。
戦いに秀でた者が浮かべる表情ではない。
けれど、それが偽りであるとも思えなかった。

昔馴染みから預かった存在の過去は、尋常ではない。
人恋しく寂しがりであるくせに己の体質を忌み嫌い、今まで昔馴染みとそれに関わる奴にしか心を開かなかった。

ドクトリーヌもその一人だ。
ヒルルクと知り合いでもなければ、万能薬を作りたいという夢がなければ、チョッパーはきっとこの場にはいなかったろう。
他者と距離を置きたがるが、基本は人間も動物も好きなのだ―――あのトナカイのまま人の能力をもってしまった存在は。
そうでなけりゃ『医者になりたい』などと思わないだろう。

臆病者の弟子にはいい機会だと、拾ってきたんだから面倒みなとばかりに死に掛けの青年を『患者』とした。

一人と一匹。
独りと独り。

頼りがいのある兄を慕うように、世界に不慣れな弟を心配するように心を開きかけているチョッパーの姿があの青年の傍にあるこの光景がここでは当たり前になりつつある。

『ドクトリーヌ!***が鍛錬ってやつを一緒にやってくれるっていうんだ!』

外でじゃれあうような姿を数度見かけ、ランブルボールまで使い始めた時は流石に何をやっているのかと尋ねた。
その時に弾むような声音で返ってきた内容には、らしくなく目を丸くしてしまった。
悪魔の実を食し変化した自分の体質を忌み嫌っているのは知っていた。
けれど、大切なモノを二度と失わない為ならその体質を使い強くならねばならないと思っていることも。

医学のいの字も知らぬ者が研究に研究を重ね、動物系の三段変形を変えた。
忌み嫌う能力に頼りそれを伸ばす研究をする矛盾。
強くなろうと心に決めたとしても容易に出来るものではない。
自ら成功させた薬剤をランブルボールと名づけ、それを使用するときは誇らしさと、嫌悪と苦痛の表情しか浮かばなかったというのに。

探るように見つめた先―――、誇らしげに胸を張るチョッパーへ闇の中でさえ光り輝きそうなほどに澄み切った蒼い瞳を落としてから笑う。

『何事も慣れってものがあるので。強さは決して悪ではなく、普段からいざという時の為に備えて繰り返す事は、必ず良い結果を生み出す事になりますよ』

その瞳の中に悪意はない、あるのは純粋な好意のみ。
よくよく聞けば、午後にある一時間程の散歩はラパーン相手に立ち回っているのだという。
戦闘狂かと思えるような内容に頭が痛くならなかったといえば嘘になる。
けれど、何も奪われたくない、強くなりたいと願うチョッパーには目から鱗の提案だったらしい。

小間使いとしても優秀な青年――***は、おやつを終えた後の時間をチョッパーとの『鍛錬』へと宛てているらしい。

強さも一級、得体の知れなさも一級。
けれど、不安や恐怖を感じた事は一度もない。
近づく事を怯える小さな存在へと向けて差し伸べられた手と、微笑を浮かべるその透明度の高い蒼い瞳の中に浮かぶ感情をドクトリーヌは以前見たことがあったのだ。
馬鹿で阿呆で救いようのないお人よしの―――昔馴染み、から。









窓の下では、城へと戻ろうしているのかはしゃぐ小さな存在の後を笑いながら着いていく青年の様子が見える。
目を細めて眩しそうに前を行く小さな姿を見つめていた視線が、ふっと流される。
空と海が混じったキレーな色、とチョッパーが称したその瞳がしっかりとこちらを捉えるのが分かり苦笑した。

ここからやり取りを見ていた事を、あの距離で気づくもんなのかい。
どんなバケモノだい、と心の中で呟いて、あの青年はバケモノよりももっと特異で異質な存在だったと思い直す。






バケモノ・変わり者同士、気が合うらしいね。





微笑ましいその情景にドクトリーヌは自分の口元がゆっくりと解けるようにして笑みを浮かべるのを感じていた。






2011.12.26
 

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