NO WHERE.

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まさに満身創痍。
ボロボロの状態で標高5000メートルの雪山を素手で登ってきた青年はぶっとんだ輩ではなく、『患者』であった。正確には患者を運んできたまま、自分も患者となったといえばいいのだろうか。

ドクドリーヌ!と悲鳴に近い声でチョッパーがドクを呼び、煩いと言わんばかりの盛大なしかめっ面をしたドクトリーヌが現れたところで、ようやく時が動いた。
担がれてこの山を登ったのであろう少女は、くたりと雪の上に倒れたまま荒い息を繰り返したままで意識がない。
歩み寄ったドクがしかめっ面だった表情を更に歪ませ、舌打ちを漏らしそうな勢いでチョッパーへと薬品の名をすげる。

やっかいなウィルスにやられたもんだよ、と忌々しげに呟きながらドクトリーヌはウィルスよりも『やっかい』だという解毒薬の調合へと入ることになった。
黒衣の青年は酷い出血に加え、アバラを六本、背骨にはヒビという重症でチョッパーがオペを請け負うことに。
残されたのは二人を運んできた少年である。

全身凍傷になりかかり、意識を失ったり、戻したり。
動けぬ身で手を伸ばしながらの懇願に頷いたのはドクトリーヌではあるが、彼女は少女に付きっ切り。
もう一人の医者は黒衣の青年のオペの為手が離せない。
急に飛び込んできた重態、重症な患者達の治療に専念する医師。
三人三様、どれも一刻を争う事態。

回復魔法を、と言われれば何のためらいもなかったが、今求められているのは医師による治療である。
専門知識のない身としては何も請け負いたくはないが、そうも言ってられず。オペ室へと黒衣の青年を運ぶチョッパーが慌しくもきちんと指示してくれなければ、全身が冷えた青年はきっと助からなかったに違いない。

とりあえず、意識を飛ばした少年に近い青年の身をチョッパーの指示通り、バスルームへと運ぶ。
体温の下がった状態が長く続けば危険だが、冷え切っている体温を急激に上げるのもまずいらしい。

『温めのお湯から徐々にだ!』

という注意を忘れぬように、浴槽に張ったお湯とシャワーの温度に細心の注意を払い、うつらうつらと意識をさ迷わせる青年の剥がれた爪に消毒液を振り掛けた後で温かなベッドへと放り込む。
その後は薬の調合中のドクとオペ中のチョッパーの手助けになればいいと小間使いの名のままに城内を駆けずりまわった。

ようやくひと段落したのは約一時間前。
黒衣の青年と少年が眠る部屋でチョッパーと共に息をつく。

「おれ、ドクトリーヌのところにいってくる」

「少し休まなくて平気か?」

「うん、大丈夫だ。***は、どうする?」

疲れているだろうにドクトリーヌの手伝いに行くと言うチョッパーの顔は紛れもない医者そのもので。
真っ直ぐにこちらを見つめてくる静かな瞳を前に椅子を引き寄せて、読みかけだった本を掲げる。

「彼らが目が覚めるまでここにいるよ。何か注意点は?」

回復アイテムも魔法もないこの世界では『医者』がその役割の全て担っている。
人の身体を回復させるのがこんなにも大変な作業なのだと、初めて知った。
オペは出来ない、薬の調合も出来ない。
出来ることはとても少ない。
少しでも手伝いになれば、と見張りをかって出る。

「ありがとう。それじゃ、目が覚めたら驚いて動こうとするかもしれない。それを止めて欲しいんだ」

「分かった。水差しを落として廊下を駆けて、吹き抜けを飛び降りないように見張ってる」

真面目な表情でそう言い切れば、一瞬驚いたように目を見張ったチョッパーが、エッエッエッと特徴的な笑い声をあげた。
ずっと気を張っていた小さな身体がふわりと溶けた後に聞けた笑い声に、ほっとする。

「そうだぞ。あんなこと『患者』にさせないでくれよ」

「蹴り飛ばしてでも止めるよ」

一ヶ月以上前のことを思い出したのか、笑いを含んだままの柔らかな声に肩を竦めるようにして応えれば、チョッパーは『頼んだぞ』という言葉を残して部屋を出ていった。

蹄の音が遠くなる。
聞こえるのは窓を揺らす風の音と、暖炉で薪が爆ぜる音。
そして少々荒い息遣いがふたつ。
椅子に座り持ち込んだ本を捲る。



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