NO WHERE.

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距離はあるが比較的安全な道(ラパーンが最大の障害となる道)を駆け抜けて、ようやく巨大な城の姿が木立の中にちらちらと見えてくる。
最後の木立を駆け抜けてようやく城へと辿り着いたところで、チョッパーとドクトリーヌが珍しく二人で城の正面に立っているのが見えた。

どうしてあんな場所に。
特にドクトリーヌはあまり城から出ないのに。

「ドク!チョッパー!」

声を張り上げてからそちらへと向かう。
いち早く気づいてくれたチョッパーが飛び上がるようにして驚いた。

「なっ、なっ、ど、どうしたんだ!ラパーン!?」

駆け足のまま近づけば、後ろをついてくる巨体にぎょっと目を見開いて声を張り上げるチョッパーの前に肩に担いでいた二匹をそっと降ろす。

「診てやってくれるか。凄い怪我なんだ」

「お、おう!分かった!」

いくら驚き戦いていても医者だ。
ぐったりと意識のないウサギ達を前にキリリと表情を引き締めるチョッパーはさっそく小さな蹄をその巨体へと当てた。

「凄い怪我だ。こいつもワポルにやられたのか!?」

「………ワポル?」

ギっと睨むようにして見上げられてその視線の鋭さに思わず首を傾げてしまった。
ワポルという生き物がいるのだろうか。
それはこのラパーンに武器を持って立ち向かう生き物なのだろうか?
頭の上にクエスチョンマークを盛大に飛ばしていると、助け舟は隣から来た。

「この国の王だった奴さ。そいつが今、迷惑な里帰り中なのさ」

へぇっと城を眺めれば、何が鋭いものにえぐられたような大きな傷跡が見え、綺麗な城がボロボロになって見えた。

「もしかして、追い出された、とか?」

「いーや」

あまり外に出ないドクトリーヌがいるものだからその里帰り中の王様に放り出されたのかと思ったが、この極寒の中で腹を出したままの女性が否定するのを見て首を傾げる。

「今、この城に来た海賊どもが『仲間の為に』その追い出そうと頑張ってくれているのさ」

「……………はぁ」

では海賊とワポルが城内にいるということなのか、と問いかけようとして、遥か上空で聞こえた爆発音に意識を取られた。
視線を上げて炎と黒煙が上がる箇所を眺める。
人様が暮らす城を吹き飛ばすとは何事か。
誰が修理するんだ、あれは。

もしや壁や最上階の修繕も仕事に組み込まれるのだろうか、とここの生活で染み付いてしまった小間使いとしての苦労を考えて知らずのうちに溜息が漏れてしまったのだけれど。
その苦さを噛み締める前に、もくもくと黒煙の上がる場所に目を細めた。

城の一番上。
何もない部屋。
そこにいるのは―――、

「***!」

ハっとしたようなチョッパーの声が聞こえた時にはすでに駆け出していた。
扉を開けて城内へと入る。

「あら?」

階段からこちらを見下ろしてくる見慣れない少女がいたが、勢いを殺さずにそのまま地面を蹴り上げ高く跳躍する。
トンっと階段の手すりに足を着き、また蹴り上げる。

「ちょ!?」

階段をぐるぐると登るより手すりを足場にして飛び上がる方が早い。最上階まで手すりを軸に飛び上がり辿り着いたその先は、大きく開いた壁から立ち上る黒煙と吹き込む雪風が渦巻く異様な空間だった。

その中で激しくもみ合うのは少年と見知らぬ男性の二人。

そして、普段ならば趣味の悪い武器の中でぬくぬくとしているはずの小さな存在。
人などめったに来ない最上階のこの部屋への突然の乱入者に怯えて鳴く雛達の上に綺麗な羽を広げ守るように覆いかぶさる雪鳥の姿を目にした途端、

「スノーバード!」

「あん?なんだ?」

「おい、余所見すんな!」

思わず上げた声に反応したのは奇妙な格好をした男の方で、少年はその頬に拳をめり込ませている。
不恰好な武器の傍、巣としていたであろうそれから飛び出したのか、無理矢理出されてしまったのか―――ブルブルと震える小さな家族を見て慌てて駆け寄ろうとした。
が、

「いてーな、コノヤロウ!」

「あったり前だ!殴ったんだからな!」

薄着で氷かけていた少年と奇妙な井出達の見慣れぬ男。
城内で暴れまくるこの光景をどう判断すればいいのものか。
彼らが暴れる度に抉れた壁がギシギシと不気味な音をたて、雪鳥が怯えたように羽根を震わせるので迷惑でしかない。
彼らにも事情があるのかもしれないが、

「おい、ちょっと待ってくれ。ここではなく少し向こうで―――」

やってくれないか、と出来るだけ声を張り上げたというのに、

「俺様にこんなことして許されると思うなよ!お前の一族を根絶やしに―――」

「なんで俺が許されたいと思うと思ってんだ!」

ガツン、と拳がぶつかり合う音が響き、二人が睨みあう。
まるで野犬同士の喧嘩のような唸り声さえも聞こえる状態に、早々に割ってはいる事は諦め、足を踏み出した瞬間だった。

「っ!」

目の前を拳が通り過ぎていく。その拳によって巻き起こされた風が、前髪を揺らすのを感じ歩みを止めたが、こちらのことなど気にすることなく暴れ続ける見知らぬ二人組みに溜息が漏れた。

とりあえずここの修理に関しては春……があるのかどうか分からないが、雪が酷くない季節に後回しにしよう。
雪鳥の救出が最優先だ。
人ひとり声をあげているというのに気にもしない連中ならば、このままでは小さな鳥達が踏み潰されてしまう。

やっかい極まりない、と苦々しい思いを噛み締めながら再度足を踏み出した瞬間、

「っ!?」

今度は目の前を素早い蹴りが通り過ぎていった。


「麦わらめぇ!」

「そんな蹴りあたんねーぞ!」

所かまわず、
バタバタと暴れまくる二人。
クルルルル、と親鳥が鳴く。
ピィっと怯えた声を上げた雛が黒くてつぶらな瞳をこちらに向けた。





「―――ファイア」





手の内に生まれた炎の塊を、そのまま静かに解き放つ。
ゴゥっと空気を切り裂いて真っ直ぐに敵だと認識した二人へと向かった炎は取っ組み合いをしている二人へと当たった。
バチっという音の後に、魔法で生み出された炎は火柱のように激しく燃え上がる。

「うわっちちちち!」
「あちぃーーーー!」

互いを掴み上げていた手を離した二人が、雪の積った床にゴロゴロと転がるのを一瞥しながら、ようやく不恰好な武器までの道が開けたことに満足気な息を吐き出した。

人様の城に来て、雪鳥の住処まで荒し、静止の声すらも聞かないならず者。
炎属性の攻撃でも一番弱いものにしてやったことを感謝しろ、とばかりに足取りも荒く雪鳥へと歩み寄った。
羽根を広げたままじっとこちらを見つめる親鳥の前で膝を折る。

そっと指先を差し出せば、しばらく考えた後で、クルルル、と親鳥が鳴き声を上げた。
羽根がどかされるのを見てから小さな雛を手にする。
ピィピィと元気良く鳴く雛の姿にほっと安堵の息を吐き出した。
馬鹿二人が場所も考えずにバトルを繰り広げていたからどうなることかと思ったが、怪我ひとつない。

とりあえず潰さないようにと胸元へと仕舞いこんで立ち上がれば、バサリと綺麗な羽根が広がり肩口へと軽い重みがかかる。
もう一度安堵の息を吐き出してから、胸元に手を当てながらゆっくりと進む。

扉を閉めてから、さて、と考えた。
この子らをどこに移動させようか、と。

彼らのはた迷惑な喧嘩が終わった後にまた戻してやるのも手だが、見知らぬ連中が荒した部屋に戻るというもの親鳥はいい気はしないだろう。
どこか出来るだけ静かで人の気配が感じられない場所。
あっちか、こっちか、と小間使いで鍛えた脳内地図を展開して候補を絞る。
この無駄に大きな城には3人しかいない。
怪我人だ、病人だ、と数は増えてはしまったが、広さを考えれば微々たるものだ。




雪鳥の救出が全てだったので、
燃え炭のようになっていた二人が呆然とこちらを見つめていたことなど、気づかなかったのである。




2012.1.24
 

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