NO WHERE.

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「トナカーイ!どこだ、トナカーイ!」

「おーい!」

「出てこーい!」

数時間前までは雪と風の音しかなかった山頂にチョッパーを呼ぶ声が木霊する。
そう多くは接してはいないが、この声は全身を凍りつかせて仲間を運んできた―――そしてチョッパーを肉扱いした青年だろう。
ふ、と自分でも分からぬ笑いが込み上げる。
この声を、どこだと存在を求められている『トナカイ』はどこで聞いているのだろうか。

闇夜に浮かぶ黄金色の月が辺りを照らし、雪自体が淡く光っているような夜。
ぐるりと辺りを見渡してから視線を上へと向ける。
出たばかりの城内へと戻り、階段をゆっくりと登ってから目当ての場所の窓を開いた。

「見つけた」

「!?」

ギクリと大げさなほどに飛び跳ねる小さな肩。
恐る恐る視線をこちらへと巡らせて、ほっと安堵の息をつくその姿は、いつもの頭隠して尻隠さずのスタイルではなく、ほんのりと背を丸めて城の見張り台らしき場所の屋根へと座っていた。
下からはチョッパーを呼ぶ声が聞こえる。
微かにズレて場所を譲ってくれたので、小さな身体の隣へゆっくりと腰掛けた。

「良く見つけたな、って、そうだ!スノーバードはどうだったんだ!?」

「安全な位置に移したよ。ラパーンは?」

「うん、ちゃんと手当てした。場所を移して寝かせてあるぞ。城の中はダメだってドクトリーヌが」

「ああ、野生のウサギだからどこでも大丈夫だと思う。ありがとう」

良かった。
ウサギを運んで治療を頼んだ途端に雪鳥の住処から黒煙があがってそちらに急行してしまったので心配だったのだ。
担いできた二匹も、比較的ダメージの少なそうなラパーンに頼んだ一匹も意識がないようだったし。
チョッパーに手当てをしてもらえればひとまず安心だ。
ほっと安堵の息を吐き出してから、眼下でチョッパーを求め叫び続ける声が木霊していくのを聞く。

「で、この状況は?」

トナカイ、と叫ぶ声は雪深い山々に反響し木霊を残して消えていく。
先ほどは雪鳥の親子の巣の周りでバトルを繰り広げていたので燃やしてしまったが、その後遺症もなくチョッパーを呼んでいる。
まるで昔から知っているかのように、親しみの感じる声で。
その声が聞こえる度に隣に座る小さな存在はもぞもぞと居心地悪げに身じろいでいた。

「あいつら、な……その、……海賊、なんだ」

「そうか」

海賊。
一般的にその意味を考えれば、海上を横行し、往来の船などを襲い、財貨を脅し取る盗賊の事を指す。
海を中心としたこの世界では、『海賊』が当たり前であり、それと取り締まるのが『海軍』という組織であるという事を学んだ。
船などを襲い財貨を脅し取る盗賊―――満身創痍で運び込まれた彼らが海の盗賊のような荒々しいものには見えないが。

まぁ、手当てをしてくれたチョッパーを『食肉』として見たのを唯一感じた海賊の荒々しさを言えばいいのか……否、あれは食い意地がはっているだけだな。
イメージする荒々しい海賊とは違い、なんとも柔やかな海賊であることは確かだ。
そんな彼らが、『食肉』ではなく、チョッパーを読んでいる。
チョッパー、を。

「おれ」

「うん」

降り注ぐ雪の下、ぽろりと小さく漏れた声に耳を澄ます。

「海賊になろうって、誘われてんだ」

「―――そうか」

返せたのは頷きだけだった。
賛同や受け入れのものではなく、物事の伝達への理解を示すもの。

「今日来たアイツらワポルをぶっ飛ばして、俺の……ヒルルクの髑髏を守ってくれた。すげー奴らなんだ」

「うん」

「一緒に行こうって」

「うん」

「でも、」

「でも?」

「行けない。だって、おれ、おれは……」

ぎゅうっとピンクの帽子の端を両手で握り小さい身体を更に小さく縮こませる。
行けないと辛そうに呟く背中をゆるりと撫でた。
俯くチョッパーとは反対に空を見上げる。
突き刺さるような寒さの中に、細く吐き出した息が白く濁る。
しばらくそれを見つめてから、ポンっと背中を押し出すようにして軽く叩いた。

「じゃ、隠れてるだけじゃ伝わらないな。ちゃんと言葉にしないと」

「う、ん」

のろのろと立ち上った小さな身体が重い足取りのまま屋根から消える。
しばらくは一人、屋根の上で満月を味わえば、





「うるせー、行こう!」





響いた大声とその内容に思わず笑ってしまっていた。
うるせー、とは。
なんだか変わった誘い文句だ。
くつくつと喉を鳴らして止まらない笑いのまま腰を上げる。
きっとチョッパーはこの城を出て行くのだろう。
否、出て行くのだ。世界に。

人でもない、トナカイでもないと悩んでいた小さな存在。
誰よりも心優しい存在。
彼にどれだけ助けられたことか。
元の世界とは似ているようで違う世界で、ずっと傍にいてくれた友人と別れるのは辛い。

けれど、『うるせー』と。
全てを切り捨て拾ってくれる一言はきっとチョッパーの中で輝いたに違いない。

ドクトリーヌの怒鳴り声と共にチョッパーの蹄の音と、色々な叫び声や悲鳴が聞こえる。
いつも静かだった城が急に賑やかになった。
城の見張り台から下を覗き、そのまま真下に向かって飛び降りる。
深く積った雪が衝撃を吸収してはくれたが、チョッパーが見ればきっとまたガミガミと声を荒げて怒るだろう。
とはいえ、もう、そうやって怒ってくれる姿は見れそうにないのだが。

首だけ振り返るようにして城内を見れば、四足でソリを引くチョッパーが物凄い勢いで駆けてくる。
その後を鬼の形相で追ってくるのはドクトリーヌだ。

「***!」

ソリに乗っているのは担ぎ込まれた患者と見慣れぬ人物達。
きっとこれがこれからのチョッパーの『仲間』達だ。
ひらり、と手を振る。
またな、と声もなく呟いてから、ありがとう、と付け加える。
走るスピードが緩み、黒い瞳が潤むのを見た。

「ぎゃぁ!メスが刺さった!」

「どうした、チョッパー!バアさんがすげー勢いで来るぞ!」

「な、なんでもねぇ!」

ぐっと唇を噛み締めたトナカイがすぐ脇を駆け抜けていく。






「行ってくる!」





力強い声にゆっくりと頷いた。
月夜を駆け抜けていくソリ。
その幻想的な光景を焼き付けるように見つめ、大きな別れにゆっくりと冷え切った息を吸い込んだ。







2013.8.4

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