NO WHERE.

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★ドクトリーヌ視点




ピンクに染まった雪は本来の色を取り戻し、いつも通り、すべてのものを平等に白く覆いつくしていく。
なんの気配もない―――生きた音も色も匂いもない城内は静寂の世界そのものだ。

そう感じてしまい、ドクトリーヌは軽く口元を歪ませながら酒瓶をあおった。
喉を滑り落ちていく焼けたような感覚は、胃に到達した途端に咲き誇る花のように身体を包む。




『飲みすぎだ!ドクトリーヌ!』

そうやって怒るだけだった声に

『飲みすぎですよ』

苦笑を含んだ声が増えた。




『ドクターストップだぞ!』

そう言って酒瓶を取り上げる蹄に

『終わりです』

白い手が加わった。






それも、もう今はない。






続く静寂。
静かで落ち着いて、ドクトリーヌ以外が音を生み出すことはなく。
ただただ、ゆっくりと時が過ぎていく中で背もたれに身を預け手にした酒瓶を仰ぐ。

大きく息をつけばアルコールの匂いが鼻に届いた。
慌ただしい一日が終わりを告げようとしている。

本当に目まぐるしく、慌ただしく、出会いと別れ、過去と未来が入り混じった一日だった。
それこそ奇跡のようなタイミングであったと思う。
そして満足のいく一日であった。

きっと生涯忘れることのない一日になるであろうとも思う。



ぐるりと見渡す室内に自分以外の気配はない。
もう一度酒瓶を口元へあてて、一気に中身を喉奥へと流し込み、空となったそれを床へと転がした。
身体中に染み渡る、心地よい酩酊に意識を委ねるように瞼を下ろす。
それと同時に、

―――自信過剰で無鉄砲、誰よりも患者を思うヤブ医者
―――強い信念と真っ直ぐな心を持つ、泣き虫のバケモノ
―――暗澹たる絶望を胸に秘めながらも、しなやかに前を見据える異端者

そんな奴らが脳裏に浮かび、口元を歪めた。
耐えられぬ笑いがどうしてか込み上げてくる。
くつくつと喉を鳴らし笑う。



なんてこったい。
毒されちまったねえ。




全てここから、否、自分の傍から離れていった。
どいつもこいつも救いようがないのに―――まるで暗闇の中に灯る希望のような存在であった。
決して、決して面と向かって言葉にすることはないが、世界を実感し大きな可能性と希望を抱かせてくれる存在だった。
自分の周りにいる男どもは規格外が多くて困る。






家族を結ぶ絆は血ではない。
お互いの人生を尊び、共に喜ぶ心だ。








暖炉の炎が揺れるのと同時にくべられた薪が爆ぜる音が響く。
静寂を切り裂いた音を耳に、細い息を吐き出せば心地よい眠気が忍び寄ってくるのを感じる。





『あ、ドクトリーヌ!寝るな!風邪ひいちゃうだろ!』

『こんなところで寝ないでくださいよ。あー、もう、酒瓶転がして…』







聞こえぬ声を子守唄に身体のすべてから力を抜いた。








2015.3.16

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