NO WHERE.

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『お前が俺に勝てると思っているのか?』





透き通る様な白い肌、背中を彩るシルバーの髪、 輝くエメラルドの瞳―――どれをとっても最高の美しさを誇る『英雄』が口元を歪ませるようにして笑う。
誰よりも何よりも圧倒的な強さを持った存在。
近寄りがたい雰囲気はその強さと完璧に整った美貌のせいだろう。
初めて会った時、間抜けにも大口を開けて見惚れてしまった。
あまりにも凝視してしまったものだから本人から『目が零れ落ちるぞ』と。
何とも恥ずかしい言葉を貰ったのだ。憧れだった、目標だった存在から。

ずっと、ずっと、ずっと隣に立てる日を夢見ていた。
背中を預けて貰える存在になろうと我武者羅に頂点を目指した。
クラス1stへの昇進を総括から告げられた時、誰よりも先に報告したいと銀髪を捜したのだ。
ソルジャーのトップを譲ることはない『英雄』と持て囃される存在が、意外と気分屋で、他愛無いことに笑う事も拗ねる事も、冗談らしからぬ冗談を言うことだって知っている。
慌てる人の反応を見て楽しんでいるということ、も。

傍にいることが当たり前となって、闇を抱えていることを知った。
だから、
いつかこの星にソルジャーなんて物騒な部隊が必要なくなったら、世界を一緒に回ってみようと―――そんな子どもじみた約束だって交わしたのに。
どんな時でも美しいとしか称することのできないその貌が、こんなにも醜く、夢見るように歪むのだけは知らなかった。



『楽に逝かせてやろう』



振り上げられた長刀が魔晄炉の放つ碧色を反射する。
薄明かりに照らし出された妖しいまでのその美貌に、楽に逝かせる?俺を?―――ふざけるな、と込み上げる怒りのままに両手に装備した剣を叩き付けようとしたところで、脳髄を焼き切りそうなほどの『痛み』に悲鳴を上げた。

あげたつもりだった。

実際に耳に届くのは、はっ、はっ、と繰り返される短い息の音。
その音が自分から発せられていることに気づき、そして全身を覆う『痛み』という感覚に眉根を寄せた。

なんだ、これは。
何故こんなに『身体が痛い』んだ。

重たい目蓋を引き上げて見つめた先は見覚えのない天井。石造りの天井を見上げてそれからゆるりと視線をめぐらせるように動かす。
天井と同じ石の壁に、粗末な机と椅子、赤々とした炎の入った暖炉。
そして腕に繋がれたチューブと点滴。

―――……点滴?

いったい自分はどうなっているんだ、と身体を引き起こそうとして、走り抜ける痛みに呻いた。
まるで全身が引きちぎられるかのような強烈な『痛み』。
ずきずきというレベルを超えたその痛みに歯を食いしばりながら微かに頭だけを引き上げれば、ベッドらしきものに寝かされている身体があった。

そこにあったのは紛れもない自分の身体。
否、自分の身体といっていいのか分からないが、真っ白なのはシーツなのか包帯なのか分からないほどにぐるぐる巻きにされた人間が横たわっていた。

驚きと共に全身に力が入ってしまい、背筋を突き抜けるような痛みが走る。
かすかな動きで訴える痛みを受信するのは自分なのだから、この包帯に巻かれた身体は紛れもない『自分のもの』なのだろう。
ならば、

「な…、ぜ…」

何故、これほどの『痛み』を感じているのだろう。
感じなければならないのだろう。
1stが揃っているはずなのに回復魔法ひとつかけてくれないのか、と。
そこまで考えるに至って、息を飲む。




脳内を巡る最期の光景。




焼け落ちる建物、周囲に立ち込めるのは煙と血の匂い。
響き渡る悲鳴に、逃げ惑う人々。
地獄絵図だった。
つい数時間前までは気さくな人々が住む平和としか言いようのない穏やかな村であったのに。
天をも焦がすように燃え盛る炎から吹き付けられる熱風が頬を焼き、髪を靡かせる。
普通の炎ではない。
魔力にて無理矢理呼び起こされたもの。

こんなことができるのはこの場に三人しかいなかった。
ザックスでもない、自分でもない、なら残りは一人。
何故こんな事をしたのだと問い詰めたくて、追って、追って、そして―――。

「セフィ、…ロス……あの、クソ……野郎」

怒りと共に上半身を引き起こした途端、

「……っ、………ぐっ……」

容赦なき痛みに意識が飛びかけた。
痛い。
決して堪え性がないというわけではない。ソルジャーとして第一線に派遣される身として『痛み』を身に宿したまま戦うこともままある。
最優先事項は勝利である。
勝利を得る為ならば、治療や回復にかける時間を惜しんで戦い続けなければならない。

痛みに慣れはない。
慣れはなくとも動かなければならない。
生きているのであれば、あの男を―――最強と、英雄と褒め称えられるあの男を止めなければならない、のに。

「うご、けっ…!」

足も手もまるで自分のものではないかのようで。
このまま動かせば千切れると訴えてくるような痛みに全身から汗が吹き出てくるのを感じる。
それと同時にこんなにも酷い痛みを負わせた相手にも同じ痛みを与えなければ気がすまないと無理矢理ベッドから身体を引き起こした。

両足が床を捉えたと感じた瞬間、目の前がぶれた。
辺りが暗くなるように視界を奪われ、額へ滲んだ汗が滴り落ちる。
キンっとした耳鳴りの後で、ふっと意識が闇に覆われかけ―――、
それを引き止めようと縋るように何かを掴んだ途端、ガラス製品が破壊時に生む鋭い音が響き渡った。

取り戻した意識で痛む肺を押し上げるようにして息を吸う。
足元にちらばっているのは砕けたガラスと水溜り。
身体を支えようと縋った先のものを払い倒してしまったらしいと気づいた時にはバタバタとした足音が迫っていた。


「あーーーーー!なんで起き上がってんだ!」


扉が開いた瞬間に飛び込んできた声に、何よりも先に身体が反応した。

「あ!おまえっ!」

縋っていた机を突き放しそのまま声の方向へと向かい駆ける。
扉を開けたまま固まっている小さな存在を飛び越えて、そのまま石造りの廊下らしき場所を駆け抜けた。

辛い。
息を繰り返すのすらも辛い。

肺が悲鳴をあげているのが分かる。
肺だけでなく全身からやめろ、駆けるな、と痛みという行為で命令されてはいたが止まるわけにはいかなかった。

「っ…ふ…」

ひゅぅっとしづらい息を吸い込んで、それを吐き出す前に自分の口元から液体が飛び散った。
手の甲でぬぐった先に見えるのは赤。
口内に広がる鉄の味に眉根を潜めてから、廊下の手すりを覗き込む。

「待てよ!そんな身体で走るなっ!」

声と足音が背後から迫ってきているのは分かっていた。
チっと思わず舌打ちをもらす。
万全な状態ではないのだからいつかは追いつかれてしまうだろう。
それに、この場所を自分は知らない。
どこをどう走っているのかも分からない。
それに何よりも先に身体が反応してしまったため、今は丸腰だ。

体術では負ける気はしないが、マテリアを使った攻撃はこの状態では防ぎきれないだろう。
ちらり、と吹き抜けの高さを確認する。
そして、

「うあーーーーー!やめろ!なにするんだ!」

幼くも聞こえる声が叫ぶのを背中で聞きながら手すりを飛び越えた。





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