NO WHERE.

□03
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また、辺りが闇だった。



それが、目蓋を閉じていることで訪れているのだと分かり、慌てて引き上げる。
途端に視界に入ってくるのはオレンジの柔らかな光。
眠っていた、というよりも意識を失っていたという表現が正しいのかもしれない。
自己紹介をしあった後の記憶がない。すっぽりと抜け落ちてしまっている。

まるで闇に喰われてしまったかのように。

喰われる―――自分が想像したことにゾっと背を震わせた。
身体中に走る痛みと、闇が居座る脳内。
気を抜けば意識をそのまま失いかねない。
まずい。
覚えのある中で一番状態が酷い。

「チョッ……パー」

「なんだ」

ごりごりとベッドの脇の机で何かをすりつぶしている小さなトナカイの名を紡ぐ。
先ほどの変な態度も声もなく、ただ普通にこちらを見つめ返してくる黒い瞳の前でほんの少し口端をあげた。

「あの、俺の……服、とか…武器、とか…」

「ああ!ちゃんとあるぞ。危ないから剣とかはしまってあるけど」

その答えにほっと安堵の息を吐き出す。
良かった、と小さく呟いてからゆっくりと息をためる。
たった一言を紡ぐだけで、肺が悲鳴をあげていた。
けれどこれは聞かねばならないこと。

「黒い、皮の……ポーチ、は」

「皮のポーチ?」

「腰の辺りに、あった……はず」

「あ!うん、それならここだ」

座っていた机の一番上の引き出しが開けられ、小さな蹄の手によって持ち上げられたのは二つの黒い皮製のポーチ。
それを視界に納めた瞬間に胸に沸き起こったのは歓喜であった。

「渡した方がいいか?」

「ああ、……欲しい」

ぴょんっと椅子から飛び降りて蹄の音を立てながらチョッパーが近づいてくる。
黒いポーチ。
はい、と渡されてそれを受け取ろうとして、自分の腕が痛みの為に動かせない事に気がついた。
思わず盛大に眉根が寄る。

「中身が見たいのか?」

可愛らしい声が間近で響く。それにいちもにもなく頷いた。
そう、中身が見たい。
中身を確認してくれ、と。

「えーっと、ちょっと待て。これは………うわー、すげーキレーだな!」

黒い瞳がキラキラと光り輝く。
めちゃくちゃ綺麗だ、と興奮気味に差し出されたのは丸い小さな宝石。
輝く宝石にも見える丸いその石は星のエネルギーを秘めた結晶である。

「すげー!いっぱいある!」

わぁわぁ、と可愛らしい歓声を上げ続ける存在に思わず小さな笑い声を零してしまった。
自分もマテリアを初めて支給されたときは同じように喜んだ。
毎日磨いて寝た。
そして、何よりも誰よりも大切に大切に育てあげた。

「その中に、緑色、は?」

「緑?緑か?」

えーっと、とつぶらな瞳がポーチを見つめてからしばらくしてゆっくりと小さな首が横に振られる。

「緑はないぞ」

一瞬、何を言われたのか理解することが出来なかった。
緑色がない?
回復のマテリアが―――ない?
ない!?
まさか!!
歓喜の次に来たのは絶望だった。
すぅっと目の前が暗く染まる。
なぜ!

「ザッ…クス」

あの、馬鹿…。
ああ、違う。
馬鹿は自分もだ。





『なぁ、これから行くのは平和な村なんだろ?』

『そうらしいな』

『なのにセフィロスと俺と***?どういうことなんだ?なんで1stを3人もそろえてんのか分かんねーんだけど』

『上も色々とあるんじゃないのか?』

ミッドガルから離れた村の魔晄炉を調査として派遣されたのはソルジャーのトップクラスである。
その周りにドラゴンやモンスターがわんさかいるのであれば派遣も分かるが、ただの『調査』に1stを3人も派遣する意味が分からなかった。

『なら面白いことをしようぜ』

『は?』

にかりと笑みを浮かべたその顔にどうせろくな事を考えていないのだろうと思ってはいたけれど。
それに乗っかった自分も馬鹿だ。
よみがえってくる事柄に唇を噛み締める。
馬鹿な賭けをした。

『この任務が終わるまではケアル使用なしな。それが出来たら一週間食事おごってやる』

『その言葉忘れるなよ』

平和な村、何の変哲もない村だと、そう思っていた。実際についたニブルヘイムでもそう感じた。。
何もない。
襲い来るモンスターもレジスタンスもいない。
ゆるりとした時の流れがある、のどかだけがとりえの小さな村。
ケアルなんてかけずとも終わるだろうと思っていた。

実際そうなるはずだった。

鼓膜をつくような轟音と共に炎に包まれる街並み。
逃げ惑う人々。
それを冷たく見下ろすエメラルドグリーンの瞳。
全てを崩したのは英雄と呼ばれた男。





「くっそ…」

緑に輝くマテリアはない。ザックスに預けてしまっている。
この身を回復させるアイテムが、ない。
ない?
ないか?



―――本当に?





『ま、なにかあると困るからハイポーションだけは持たせてやる』

『ハイポーションのみか?』

『贅沢言うな。ポーションだって立派な回復アイテムだ。それを賭けに持たせてやるってんだから感謝しろよ。しかもハイだぞ、ハイ!』






なにがハイだ、と。胡散臭いまでの爽やかな笑顔を振りまくテンションの高い相手に盛大な溜息をおくったのだ。
そうだ。
そうやって呆れて、笑って、ほとんどの回復アイテムを抜き出した後でザックスがくれたもの。
小さな、小さな、クリスタル製のコバルトブルーの瓶。

「***、大丈夫か!」

どこか痛いのか、とおろおろと小さく足踏みをするチョッパーに違うと首を振る。
痛いのは全身だけれど、今はそれが問題なんじゃない。

「チョ、パ……もうひとつの中、瓶…ない、か?」

「もうひとつ?これか!?」

持ち上げられた物に軽いうなずきを返すと慌てたように蹄のついた手がポーチの中を探る。

「あ!ある!あるぞ!これだろ!?」

取り出されたのは小さなクリスタル製の瓶。
中にある液体が暖炉で燃え盛る炎を受けてキラリと光輝いた。

「―――それ、を……飲、ませて…くれない、か」

「………飲む?」

「…、ああ」

息をするのにも、指を動かすのすらも辛い。
気を緩めればそのまま意識が闇に吸い込まれてしまいそうな状況では同じクラスのソルジャーがかけてくれる回復魔法が最高である。
けれど、今はそれを望めない。
縋るものはコレしかない、のだ。
だから、

「の、飲むのか!?」

「のむ」

「大丈夫なのか!?」

「だいじょーぶ、だ。…俺の、……だ」

頼む、と紡ぐこちらと手にした瓶を交互に見つめながらチョッパーは恐る恐るといった感でクリスタルの瓶にかかった封を切る。
ゆっくりと首を微かにずらせば口元近くに寄せられたそれ。
斜めに傾けられた瓶からさらりとした液体が唇に触れ、口内を流れ喉を通っていく。
慣れた味。

神羅に入社当初はよく怪我をして医務室に飛び込んだ。
苦笑混じりに差し出された瓶を一気に煽った、懐かしい味。
するすると滑り落ちてくる液体が胃へと辿りついて、身体を白い光がふわっと包むような感覚を得た。

痛みによって小刻みに震える指先から震えが取れ、血液が全身に巡るような暖かさへと包まれる。
包み込む光にも似た暖かさは全身から痛みを取り除こうとゆっくりと巡る。
それを感じて力を抜いた。
思わず漏れ出た吐息のような小さな息へ軋まぬ肺にゆっくりと目蓋を落として。

「っはー…しんどかった」

「――――……え?」

ぐっと力を込めて拳を作り上げてから突き出す。
全回復は無理にしても起き上がれるくらいに回復してくれるだろうと思っていたが、当たりだったらしい。
ぐっぱ、ぐっぱ、と突き上げた先で自分の指がきちんと動くのを確認してから、ゆっくりと上半身を引き起こす。

「な、なにしてんだっ!起きたらダ…メ………だ?」

「ありがとう、チョッパー。助かった」

残った痛みが、ずきっと脊髄に沿うように走り抜けていったが、先ほど横になって何も出来なかった状態に比べれば小さなものだ。
あの蹴りをくらってからこの方、起き上がるなどもってほのか。
息を吸うのさえも苦痛に満ちていたのだから。

完全回復には遠い。
だが、何とか動くことだけは出来そうだ。
良かった、と心の中でポーションのありがたみを噛み締めて、それからチョッパーに向かい『ありがとう』と再度呟いたのだけれど。

「……う」

「う?……チョッパー?」

うってなに?うって。
どうした、と覗き込んだ先。
黒くて可愛い瞳が限界まで見開かれて、




「うぎゃぁぁぁぁああああああ!」




大絶叫に包まれたのだった。





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