NO WHERE.
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パチパチと暖炉で炎が爆ぜる音がする。
夜の帳が訪れた窓の外。
カーテンに遮られて見えはしないが、そこは静寂を保ったまま雪が降り続けているのだろう。
ごそりと寝返りを打てば暖炉の前に小さな塊を見ることが出来た。
毛布をかぶったトナカイの医者―――チョッパーだ。
ドクトリーヌの言葉通り、こちらが逃げ出さないように付きっ切りで見張るらしい。
「―――……***」
寝息は聞こえてこなかったので寝てはいないとは思ってはいたが、話しかけてくるとは思ってもいなかった。
真夜中に近いこの時間帯に。
「どうした?」
囁きのような声にどうかしたのかと声を上げる。
きっと向こうにもこちらが寝ていない事はバレている。
喋りかけられてしまったのだから寝たふりなど出来ない。
苦く笑いながら声を発すれば、ごそっと小さな毛布の塊が動くのが見えた。
「あの、あのな………ポーションってのは…すごいな」
控えめに紡がれた言葉に、少しだけ先ほどのやりとりを思い返して唸った。
ドクトリーヌと名乗ったバアさんもチョッパーもポーション自体を知らなかった。
所変われば品変わるというが、まさかポーションが通じない事態に遭遇するとは思わなかった。
「チョッパー」
「うん?」
「本当に知らない、か?聞いた事もない?」
「うん。………あ、でもおれが知らないだけで、世の中は広いから………あるのかもしれないけど。あったらもっと早く***の怪我を治せたのにな……」
見た事も聞いたこともなかった、と繋げる小さな存在の声は夜という空間のせいなのか沈んでいるように聞こえる。
そうか。原始的だと思っていたけれど、これがココでの最高の治療なのか。
凄い。
ポーションや回復魔法を一切使わない治療法なんて初めてだ。
ぐるりと部屋を見渡せば暖炉の炎によって照らされた医療器具らしきものが見える。
先ほどまで使っていた点滴もオレンジの光に照らされて部屋の隅に置かれていた。
「知らないもの、聞いた事もないもので治そうなんて思えないだろう?充分だよ。本当に助かってる」
治療と暖かい寝床を提供してくれているだけでも本当に助かっているのだ。
ある程度の怪我と体力は戻ったのであとはじっとしていれば自然と回復してくる。
一般人には違う『モノ』を植え込まれたソルジャーは治癒能力も桁外れだ。
現実を知った後では感謝していいのか恨んでいいのか―――分からない、が。
「それよりも、逆に俺の周りには当たり前のように存在していたから不思議に思ったことなくて。詳しく説明できずにごめんな」
当たり前のように存在していた物を改めて何だと聞かれると答えに困るのだということを今日で学んだ。
ポーションという存在に疑問に思うことなど生きてきた。
ポーションはポーション。
回復アイテム。
疲れた時、怪我をした時に飲むアイテム。
ただ、それだけ。
当たり前に、疑問も挟むことなく、身の回りにあったのだ。
「さっきも言ったけれど、体力や怪我をある程度回復出来るんだ。飲むだけだけで多少は回復できるからね。ああ、でも万能薬ではないから本当に『ある程度』しか回復は望めないんだが…」
怪我を治すといっても回復魔法に比べれば微々たるもの。
今だってズキズキとあちらこちらが痛い。
それでも最初から襲われていた内臓の痛みも薄らいだ。
血反吐も吐かなくなった、動かないという最悪の状態を脱している。
それだけでも素晴らしい。
ありがたいとしか言いようがない。
回復マテリアを使用出来るようになってからはあまりアイテムに頼ることは少なくなってきていたが、ここにきてその重要性を噛み締めた。
―――ニブルヘイムを焼き尽くした犯罪者として手配されておらず、自由に動くことが出来たら回復アイテムもマテリアも手放さないとそう誓う。
絶対に、だ。
ぐっと握りこぶしを作りこんだところで、毛布をかぶりながらじっとこちらを見つめている黒い瞳に出会った。
暖炉の前の塊がごそごそと落ちつかなげに動く。
「***、あのな」
「ん?」
「……お、お、おれでも……作れる、か?」
ポーション、と繋げられて思わず目を見開いてしまった。
なに?
ポーションを―――作る?
「………どうだろう」
「ダメか」
しゅんっとしてしまった声になんだか悪いことをしてしまった気分にさせられて慌てた。
「いや、違う。ダメってわけじゃない。ただ……作り方を知らないんだ。だから一般人でも作り出せるのかが分からない。
そもそも作るという発想がなかったというか。……自作している奴もいるのかもしれないし、もしかしたら医術の知識があるドクトリーヌやチョッパーなら作れるのかもしれないが…」
「そ、そうだよな!なぁ、***、ポーションってやつまだあるのか!?」
弾んだ声に頷きかけて慌てて首を横に振った。
「あ、いや、ない」
「え……」
「悪い。さっきのが最後のひとつだった。持つの制限され、ひとつしか持ってなかったんだ」
ああ、こんなとこでも悔やまれる。
あんな賭けにのらなければ良かった。
ザックスめ!
「そうか……。成分が分かったらいいなって思ったんだ」
そう呟くチョッパーの声が心底残念そうで、無念そうで、鈍い痛みを訴える身体をゆっくりと横向きにしながらこちらをじっと見つめる小さなトナカイの瞳を捉える。
「なら、お礼には、ポーションとハイポーションを持ってくるよ」
「……え?」
「あんなに酷い状態だったのを看病してくれていたんだ。回復アイテム手に入れたらちゃんと持ってくる」
「………***」
「約束だ」
なんにせよここを出たらまず最初に手に入れなければならないのは回復系のアイテムだ。
回復マテリアが手元にないのだからアイテムに頼らざるを得ない。
それらを手に入れて、自分の置かれている状況を確認した後、ちょっと足を伸ばしてここに来るくらいはそんな手間にはならないはずだ。
後はザックスが生きていたら―――どうにか連絡をつけたいところではあるが。
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