NO WHERE.
□06
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診療所というからちょっと広めの家かと思えば城であった。
驚くというレベルを越えた衝撃から数日。
リハビリという名でこき使われて数日。
炊事掃除洗濯を担って数日。
「ふむ」
かなり広めのキッチンで唸り声をあげる。
ソルジャーになろうと神羅の門を叩いたのは十歳になるかならないか。
戦いと訓練を繰り返した日々の中で『料理』などというものは本当に数えるくらいしかやったことが、ない。
ソルジャー候補生の頃から衣食住は保障されていたし、幸運なことに1stの階段を早いうちから駆け上がれた身ではやれることが限られくる。
任務に行った先で携帯食に飽きて食えそうなモンスターをぶっ倒し、香辛料をかけて焚き火にかけたのを料理といえるのかは疑問だけれども。
基本、茹でる、煮込む、炒める、焼く、で出来るものしか出来ない。
「掃除と洗濯は何とかなっても、これはさすがにな…」
ここ数日で、尊敬する存在として神羅の食堂で働く方々がランクインした。
食堂といえど神羅カンパニーの食堂である。さすが世界を牛耳る企業とでも言おうか。
豪華だった。
その恩恵にあずかっていた身では、数日で自分の持つレパートリーが尽きた。
「干し肉のスパイシー炒めにするか」
ぐるっと巡って一番最初のメニューを思い起こしながら干し肉を手にしてから背中に突き刺さる視線に笑う。
さっきからキッチンの近くでうろうろとしていた小さな存在。
「チョッパー?」
名を呼べばぴょんっと飛び上がって、身体をくの字にしてこちらを伺ってくる。
隠れようとしているのかもしれないけれど、隠れているのは帽子の先端だけといういつものスタイルだ。
「な、なんだ!」
「夕飯に干し肉使おうと思ってるんだが、また炒め物になりそうなんだ」
決して自分からは近寄ってこない相手に、おいでおいで、と上下に手を動かして呼べば、
小さなトナカイはこちらを見つめ、しばらく考えてからようやく近づいて来てくる。
「なんかいいメニュー知らないか?」
まいってる、と拝むようにすれば小さくて可愛いトカナイはうろうろと視線をさ迷わせた後で、
「じゃがいも」
と呟いてくれた。
「ん?」
「じゃがいもと一緒に食べるとうまいぞ」
「じゃがいも」
雪深いせいか食料庫にあるものは干し肉・燻製肉など保存の利く食料が多い。
普通の料理ですら無理なのに保存食用にと加工された肉なんて扱いにくいったらない。
じゃがいも、じゃがいも、とかごの中を探して取り出すと足元でじっとこちらを見上げる黒い瞳があった。
その可愛いらしさに思わず笑ってしまう。
干し肉もじゃがいもも台の上に置いてから、素早く反転し、
「!?」
なんだ、とビックリして引き気味のその小さな身体の両脇に手を差し入れた。
「わっ!」
驚きで固まる身体をそのままテーブルの上へと持ち上げる。
「なっ、なにすんだ!」
「チョッパー、あーん」
「むぐ!?」
わたわたと両手両足を動かして慌てふためくトナカイの口に茶色い塊を放り投げた。
ポンっとうまい具合に口内へと入った塊に目を白黒させながら小さな蹄で口元を押さえる。
もごもごと必死にほっぺを動かすチョッパーは瞬きを繰り返し、
そして、
「アーモンドだ!」
「アーモンドの砂糖がけな。おやつの時に出したやつ」
「これ、すげーうまかったぞ!」
ぱぁっと表情が明るくなる。
この喋る可愛いトナカイはかなり甘いものが好きだ。
お菓子なんて食べる専門で作ったこともないので、唯一作れる携帯食でも甘めのものを選んで紅茶や珈琲の付け合せとして出してみたけれど。
どれもこれも大変喜んでくれた。
アーモンドを砂糖で煮詰めただけの簡単なものなのに、楽しみにしてくれているらしい。
毎日、おやつの時間になると動物特有の黒曜石のような瞳を宝石のごとくキラキラと輝かせてくれるのだ。
「お口にあって何より」
ありがとう、とピンクの帽子を撫でる。
ふわふわと手触りににんまりしながらゆっくりと腰を曲げた。
見上げることも見下ろすこともない。
近づいた距離で、にっこり微笑めば落ちつかなげにチョッパーの視線が泳ぐ。
視線とともにふよふよと両手までが動き始めるのはとても可愛い。
随分気に入ってくれたアーモンドをその小さな手に数粒落としてから笑った。
「これは煩い友人が教えてくれたおやつ…ってより、携帯食だな」
「携帯食?」
「移動とか任務とか遠出が多かったから、支給されるのは美味いけどいつも同じようなもので飽きるのも早い。腐らずに持ち歩けるものを互いに開発しては押し付けあってた」
面白半分で作っては分けあって、そのまずさにぶーぶーと文句を言い合った。
その中でも奇跡的にうまくいったもの。
美味くて絶えず口にしながら鍛錬場に行ったら喰い散らかすな、と怒られたのだ。
銀の、英雄に。
美味いから食べてみろと押し付けてザックスと共に食うまで逃がさないとまとわり付いて。
深い溜息をつきながら仕方がないと言いたげにアーモンドを口にして、驚いたように見開かれたエメラルドの瞳を覚えている。
だから美味しいって言っただろう、食わず嫌いも大概にしろよ、と笑いながら背中を叩いて―――、
「………***」
「―――ん?」
くいっと袖を引っ張られ、意識も視線も『昔』から『現実』へと移った。
黒い瞳が何か言いたげにじっとこちらを見上げてくる。
小首を傾げれば、はっとしたような瞬きをひとつ。
うろうろとさ迷った視線が少しだけ下がり、小さな声が耳へと届く。
「も、もうちょっと……食っていいか?」
「夕飯、食えなくなるぞ」
可愛いおねだりに思わず笑みが浮かんだ。
拒否されないことをいいことにぐりぐりと撫でながら小さな手にアーモンドを落とす。
『お前はチョコボとかそういう動物に弱すぎだ』と笑う友の声を思い出しながら、ようやく干し肉を手にして、
人が食べられるものが出来ますように、と祈ることにした。
2011.07.09