NO WHERE.

□02
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重い目蓋を押し開いた先に見えるのは先ほどと同じ石造りの天井で。
ゆっくりと視線を巡らせれば、やはり訳の分からぬオブジェが飾られているのが見える。
パチパチとした乾いた音はきっと暖炉からなのだろう。
先ほどと同じように上半身を引き起こそうとして、突き抜ける痛みに呻く。
否、先ほどよりも酷くなった痛みに息も止まりかけた。

ソルジャーのクラスが1stにもなれば身体を酷使するような無茶な戦いぶりは減る。
だからこそ、この痛みは堪えた。
というよりも、ベッドに寝かされているという状態で何の治療・回復魔法もかけられていない(治療はされているようだが)状況に更に唸り声を上げる。
自分が置かれている立場は非常にまずいのではないか、と。

怪我をすれば魔法かアイテムに頼らざるを得ない。
そのどれも施されずに原始的な治療法のみな自分はかなりまずいのだと感じずにはいられないのだ。

英雄に立ち向かって、魔晄炉へと突き落とされてこの程度の怪我で済んだことは御の字なのかもしれないが、神羅としても商売道具であるはずの『ソルジャー』に対しこうもぞんざいな扱いを受けるにはそれ相応の理由があるとしか考えられない。
まぁ、その理由を先ほど自分で指摘していたことに心の中で項垂れる。

英雄に、
立ち向かったのだ、自分は。
あの―――セフィロス、に。

星全体に影響を持つような大企業である神羅カンパニー。そこを代表する人物といえば社長よりもこの名を上げるだろう。
誰もが彼に憧憬の念を抱き、ああなりたいと願い、焦がれ、崇拝するに至るような稀有な存在。
同じ人間なのかと疑いたくなるほど人を惹きつける魅力を兼ね備えた生まれながらの王者。

彼の足元に傅くのになんの疑問も持たせない。むしろ傅くことに人は喜びさえ感じるだろう。
そんな存在が最後に見せたのは、まさに狂人のような姿だったけれど。
その狂人の姿を知るものは自分と、ザックス。そしてあの村の出身だという兵士、だけ。

あの男の影響力は絶大だ。
赤といえば青いものも赤となりうる。

もしも―――もしもあの男が、ニブルヘイムでの事態を全てこちらに押し付けていたら、どうだろう。
世界に名を轟かせる大企業ともなれば、それなりことをしてきたわけで。
不祥事の痕跡は全て消される。
特殊なチームによって全てなかったことにされる。

だから―――最低限の、原始的な治療のみで放っておかれるという事態も理解は出来る。
理解はできても納得はしないが。

「…させる……か……」

全部ぶちまけてやる。
赤を青とする男がどう言っていようが構いやしない。
思い返すのは歪んだ笑みを浮かべた端正な顔。
あののどかな土地を笑みを浮かべながら火の海にし、止めようとしたザックスを切り裂き、この身を魔晄炉へと突き落とした男。

どろりとした怒りが生れ落ちるのを感じた。
耐えようのない感情だった。

憧れであり、友であり、そして師ともいえる存在だったのだ。
あの男が。
英雄と名高いあの存在が。

傍に行きたいと願い、ソルジャーを目指すため神羅カンパニーに入社して血反吐を吐くまで頑張ったのはあの存在がいたからこそ。

いつから、
いつから―――憧れが身近な者に対する親しみへと変わったのだろうか。

1stとして共に任務をこなす中だったのか、それとも神羅で過ごす中だったか。
傍に行って英雄と名高い存在も結構普通なのだということを知った。
無理矢理おごったアイスを片手に困りきった表情を浮かべるのを笑ったり、部屋に篭りがちの長身を無理矢理散歩と称して連れ出したり。

普通の『友人』としての付き合いは生涯忘れることはないだろうと思っていた。
最期の瞬間に見る走馬灯なるものがあるならば、思い浮かべるのは彼と―――彼らと過ごした瞬間であろうと。
そう思っていたのに。

今感じるのは憧れでも尊敬でも愛しさでもない―――ただの怒りと憎しみだけだった。

あの狂人たるセフィロスを見なければ、彼が赤だといえばそれが青であろうと黒であろうと真っ先に自分は赤だと信じていたに違いない。

「なん、で」

どうして。
どうしてこうなってしまったの、か。
怒りと悔しさ、憎しみが混ざり合う混沌とした感情がどろどろと零れ落ちる。
心の中で渦巻く負の感情に耐え切れずに奥歯を噛み締め上体を起こそうとした瞬間、キィっと木が軋む音と共に扉が開く音が耳へと届く。
そして、

「めめめめめめ目がっ、覚めたのか!」

響くのは子どものように幼い声。
カツカツとした足音と共に近づいてきた存在に瞬きを返した。

「おい!もう、ダメだぞ!絶対にダメだぞ!目はあけててもいいけど、身体は動かすなよ!動かしたら、な、な、殴ってでも止めるからな!」

「………しか?」

「鹿じゃねぇ!トナカイだ!」

「ああ、そう、か」

近づいてきたのは人ではなかった。
二本足で立つ不思議な動物……動物、なのか?
本人がトナカイというのだから、動物なのかもしれないが…。

「さっき…の…、声…」

「そ、そうだ。おい、辛かったらしゃべるなよ。お前、すげー怪我なんだぞ」

キっと眦を上げてそう怒ったかと思えば、心配気な表情となる。
動物そのものなのに表情がころころと変わるのを見ながら、ゆっくりと息を吸った。

「あの、バアさんの、蹴りくらった、とこが…いたい」

「うっ………それはお前が悪いんだ。じごうじとくってやつ、だ」

そうか。
そうだな。
確かあの蹴りの前にドクターストップと叫んでなかっただろうか。
あんな強烈なドクターストップは生まれて初めて受けたが。
むしろあれは打ち所が悪かったらそのまま死んでいたんじゃなかろうか。
ぞっと冷たいものが背筋を通りぬける。
こんなところで、バアさんの蹴りで死ぬわけにはいかない。

「なぁ……どれ、くらい……俺は、気を失って、た?」

「い、一週間だ」

「……い、一週間、…7日…?」

こくんっとうなずく小さな頭を前に呆然とする。

「ここ、は?ニブルヘイム、か?」

「………ニブル、ヘイム?」

「違う、のか?どこだ?」

ぐるりと巡らせた視線の中に居場所を特定できそうなものは置いてはいなかった。

「ここは、ド、…ドクトリーヌの診療所だ」

「……ドク……?診療、所?ニブルヘイムじゃ、ない?」

「ニブルヘイムってどこだ?聞いたこともねーぞ」

きょとんっと見開いた瞳がこちらを見つめてくる。
その瞳の中を見返しながら、ゆっくりと祈るような気持ちで言葉を紡ぐ。

「まさか、ミッドガル、か?神羅…?」

「……ミッドガル?しんら?なんなんだ、それ?」

嘘も偽りもない黒々とした瞳が本当に不思議でたまらないとばかりに見返してくる。
怪我をしたソルジャーを押し込めるのなら科学部門か治安維持部門なのではないかと思ったけれど。
視界の中にどこでも存在をデカデカと主張する『神羅』マークはなかった。

探るように見つめれば、動物特有の澄んだ瞳がパチリと瞬きをする。
力が抜けるその動作に思わず緩い息をついてしまっていた。
『神羅』マークがないというだけで安心は出来ないが、この喋る不思議な動物が嘘を言っているようにも思えない。

本当に、神羅とは関係のない場所なのかもしれない。
そしてミッドガルでもなく、ニブルヘイムではないらしい場所―――否、ミッドガルどころか神羅も知らない、存在がいる場所。

そんなことがありえるのだろうか。

この星を支配しているといっても過言ではないあの大企業のことを知らないなんてありえるのだろうか。
こちらを凝視してくる黒い瞳を見つめ返す。
どこなんだ、ここは。
反射的に起き上がろうと肘に力をこめたところで、

「わぁ!ダメだ!ダメだって言っただろう!起き上がろうとすんな!」

激痛に襲われて息をつめる。
カハっと肺から搾り出されるような息が出た身体に慌てたように小さな手が伸ばされた。
ゆっくりと横たわるのを手伝ってくれる小さな、小さな存在。

「これ…、この、手当て、は?バアさん?」

「おい、バアさんなんて呼ぶなよ。ぶっ殺されるぞ!それに…て、手当ては……お、俺だ」

俺?
なに?
俺?ってことはこのトナカイ、か?
良く見れば身体に添えられているのは手というよりも蹄だ。
ちょっと待て。
トナカイというのは喋るのか?
二本足で、歩く…ものなのか?
しかも医療技術までをも身につけている、のか?


………。


ああ、これは、夢か。
喋る動物、やけにメルヘンだ。
死ぬ前に見る走馬灯みたいなものの親戚か。
だから医者が動物なんだな、と自分の欲望の見境なさに笑いが込み上げてくる。
ふふ、と小さく笑いながら身体を曲げようとして、

「った…」

「ああああ、だから動くなって言ってるだろ!」

痛みに襲われた。
そうだ、痛い。
痛い、のだ。
先ほどからかなりの激痛を体感しているではないか。
そして痛い―――ということは、

「ゆめ、じゃ、ない?」

「夢?ちゃんと起きてるぞ。だから動くなよ」

夢じゃないとしたらこれは何だろう。
現実というのであれば、

「トナカイ?」

「そうだ。鹿じゃねーぞ!」

「………トナカイ、の、医者?」





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