NO WHERE.
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箒と雑巾、バケツにモップ。
掃除に必要な四点セットを手にしながら城内を歩く。
まさに『城』というだけあって、ひとつひとつがとてつもなく大きく広い。
とはいえ、ここに暮らしているのは三人。
城全体を掃除するなどといった馬鹿げた事はしない。
どんなに大きくとも人が少なければ日常生活をおくる中で使う箇所も限られてくる。
担いだ四点を使って重点的にしなければいけない掃除は生活拠点が中心。
使わない部屋は時間が出来た時のみ、汚れ具合を確認しつつ―――となれば掃除にかける時間は短くなるのだが。
ここに来て学んだことのひとつ。
『掃除』という行為は、城の構成、部屋数や位置、―――全てを事細かに把握することが出来るということ、だ。
広いと言えば神羅の本社ビルも広く、大きく、ここに負けず劣らず広く入り組んでいた。
慣れない頃は迷子になりかけては慌てていたが、あそこはどこに居ても絶えず人がいた。
もし迷子になっても人に聞くという選択肢があったのだ。
けれど、この城での選択肢はゼロに等しい。迷子になれば、人と出会うことはなく、暖炉に火の入ってない部屋で一晩を明かすこととなる。
自衛の為に脳裏に見取り図を作っていたが、把握し辛かった部分も自然と立体的に受け取る事が出来るようになっていた。
部屋も綺麗になり、空間認識の能力も鍛えられるとなれば、あちこちを歩きながら掃除を繰り返す事も苦ではなくなってくる。
城内を色々と練り歩くのが当たり前となって―――。
今日はどこへ行こうかと掃除四点セットを担ぎなおした瞬間、ふっと鼻先を風かかすめるようにして流れていった。
思わず空間を追うように視線を流してしまう。
ここで炊事掃除洗濯をする小間使いとなってから気になっていたこと。
分厚い石の壁で作られた城の中に、微かではあるけれど風の動きがあるのだ。
ふむ、とひとつ頷いてから、進もうとしていた方向から反転し、ゆっくりと流れる冷たい風に逆らうようにして歩く。
暖房といえば暖炉―――という原始的な温もりの中での空気の動きは寒さに拍車がかかる。
部屋の中はそうでなくとも廊下は極寒だ。
吹き抜けがあるので仕方がないとしても、この風を止められたら少しは違うのではないか、と。
炊事掃除洗濯には入らないが、隙間があれば何かで塞ごうと思い風を追って歩いてきてみたのだが、
「予想外だった…」
城の正面へと続く巨大な扉の前で呆然と立ち尽くす。
正面よりも裏の扉の方が針葉樹などの森に近く、扉も手ごろな大きさであるので、ドクトリーヌもチョッパーもそちらを使う事が多い。
反対側―――正面ではあるが崖しかない為にこの扉は今まで使うことはなかったのだが。
「開けっ放しとは…」
ウェルカムとでも言いたげに大きな扉が外に向かい開いていた。
これでは風も雪も入り放題だ。
実際、扉の近くには雪溜まりが出来てしまっている。
道理で冷えるわけだ。
ここから風が入り放題だったのか。
石造りだから寒いのかと思っていたが、もう少し早めに風の動きを確認すべきだった。
ヒョォォォ、と悲鳴のような音をたてて絶え間なく雪風が吹き込んでくる。
とりあえず閉めるか、と扉へと手をかけた瞬間、吹き抜けていく風の音に混じり小さな声が聞こえた。
人の声ではない、ピィピィと鳴く声。
鳥の、――声。
どこだ、と上空を振り仰いで。
大きな扉の上に雪と共に見えたのは木々の塊。
尾羽が出たり頭が出たり、嘴が動いて盛大な鳴き声をあげていたのは、
「かわいい………」
小さな雛だった。
うわ、と思わず口元に手を当てながら背伸びする要領でかなり上にある巣を見上げた。
扉の上にあるのは鳥の巣だった。
その中で元気いっぱいで雛が育っているのが分かる。
親鳥を求め、ピーピーと懸命に鳴き声をあげていた一匹が不意にこちらに気づき視線を下げた。
鳥類特有の丸い瞳がじっとこちらを凝視する。
それを受けて、脳裏を横切っていったのは―――懐かしい日々。
あれくらいの時に親からはぐれてしまったチョコボという騎乗できるほどに育つ鳥の雛と寝食を共にし立派に成鳥にまで育て上げた事がある。
毎日がとてつもなく充実し、楽しかった。
そして雛は何よりも可愛かった。
本当に、可愛かった。
別れは殊更辛く、泣く泣くファームへと預けたのだが…。
あの子は、元気でやっているだろうか。
こちらを見下ろしてくるまんまるの瞳を見返して、しんみりとしながらもゆっくりと目蓋を閉じる。
脳裏に蘇る輝かしい日々。
それを切なく堪能しながらも、目蓋を開けた時には心を決めていた。
この扉は閉められない、否、閉めない。
寒いくらいなんだ。
着込めばどうにでもなる。
とりあえずおやつか夕飯時にでも巣のことをドクトリーヌとチョッパーに話てみようと(絶対に扉は閉めません、と宣言しようと心に決めて)踵を返したその先に、きょろきょろと辺りを見回すように城内を歩いているピンクの帽子が見えた。
「チョッパー!」
声をかければ慌てたように立ち止まる。
そしてこちらを探すように視線がさ迷い、ひたりを当てられたところで手首を上下に振ってみせた。
おいで、おいで。
その動きにつられたかのように、ぴょこぴょこっという音がたちそうな足取りでこちらへと向かってくれたチョッパーが傍まで来るのを待つ。
「***?」
声とその眼差しが、普段使わない扉の近くにいることを不思議がっていたので、にっこりとした笑みを浮かべながら扉を指差した。
「これ」
「これ?」
開けっ放しになっている扉と指先を交互に見ながらチョッパーが首を傾げる。
「閉めるのか?手伝ってやっても、いいぞ?」
「ああ、違う。上だ、上」
「上?」
指を差しているのは扉は扉でもその上。
そこにいるのは―――、
「スノーバードだ!」
「雪鳥?」
思わず一緒になって見上げてしまっていた。
正式名称はあるのだろうと思っていたけれど、まんま『雪鳥』だとは。
可愛らしい鳴き声を上げる雛達。
木々で組まれた巣の中に雛特有のふわふわとした毛が見える。
親を待っているのか、それとも兄弟でじゃれあっているのか、鳴き声はピーピーから、ピヨッピヨッと弾むようになっていてとてつもなく可愛い。
「凄いな!スノーバードは本来ならこんな人のいるようなとこに巣なんか作らない鳥なんだ!高い木の上や崖の中腹に作ることが多いんだけど、……今年はここに作っちまったんだな」
「そうなのか」
巨大な城には今のところ三人しか住んではいない。
この城が元からドクトリーヌの物であったのかどうかは分からないが―――無駄に広い。
互いの部屋が分かれば使う場所も扉は限られてくる。
特に正面は崖に面しているので使う事はほぼない。
もしかしたらこの親鳥は人がいないと勘違いしたのかもしれない。
「風が入りっぱなしになるけど、閉めなくていいかな」
「おう!当たり前だ!」
にこにことした可愛らしい笑みを浮かべながら頷くチョッパーの姿にこちらも嬉しくなる。
頬を綻ばせ鳴き声をあげる雛を見上げていると、
「ちゃんと巣立てるといいな」
同じように扉の上を見上げるチョッパーがほんの少しだけ心配そうな声をあげた。
「何か問題でも?」
「……コイツら、すげー綺麗な羽だからいっぱい狩られちまって。段々数が少なくなってんだ。こんな山頂を狙ってくる奴はいないだろうけど…」
しょんぼりと沈んだ声は雪交じりの風の中、寂しく響く。
雛達ばかりで親の姿は想像でしかないが、チョッパーが綺麗というのだから綺麗なのだろう。
それに高い木の上や崖の中腹に巣を作るということは天敵に狙われにくいからであろうし、その天敵には『人』も入っていたらしい。
ふむ、と見上げた先にあるのは高い木や崖に比べれば巣を手に入れやすい位置になる。
「なら、今日からスノーバード見守り隊を結成しようか」
「……見守り隊?」
「ちゃんと育っているかこっそり見守る。風で扉が閉まったりしてしまわないように、自分達で扉を閉めてしまわないように、心無い奴らに囚われないように」
ポカンっとこちらを見上げる黒い瞳にチョッパーと自分を交互に指差してみせた。
「隊長はチョッパー、副隊長は俺」
二人しかいない隊だけれども。
どう?と首を傾げれば、
「おれ!?おれが、隊長!?」
飛び上がるようにして驚く。
この城まで登ってくる人間がどれほどいるか分からないが、この巣にいる雛達が無事に巣立ってくれるのであれば喜ばしいことこの上ない。
「たいちょう?」
「嫌なら俺がやっても―――」
「だめだだめだ!おれだ!」
帽子を被りなおして、ドンっと小さな手で胸を叩く存在。
その可愛らしさに緩んでしまいそうな口元を引き締めて、ピンっと背筋を伸ばす。
そして、
「Yes, sir!ご命令を!」
ブーツの踵を叩きつけるように合わせ、わざとガツンと音を上げる。
神羅で叩き込まれた完璧な敬礼を取ったままチョッパーを見つめた。
まんまると驚きに見開かれた瞳が忙しない瞬きをしながらこちらをじっと凝視して、
そしてゆるりと緩む口元。
蹄を当てて、エッエッエッ、とチョッパーが特徴的な笑い声をあげた。
それに釣られたのか、雛達がピヨピヨと可愛らしい声を上げる。
本日、
三人しかいない広い広い城に、ピーピーと声を張り上げる雛達とその親が加わったのだった。
2011.07.11