NO WHERE.
□08
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「よし、もう前閉めてもいいぞ」
「ありがとう」
主にチョッパー、時折ドクトリーヌ、と二人の医者が怪我の経過を見てくれている。
チョッパーは毎朝決まった時間に部屋に訪れて簡単な問診と触診が始まる。
前をはだけた状態で小さな蹄が動くのに任せていれば、かなり早くOKの声がかかった。
いくら暖炉に火が入っていても朝のひんやりとした空気の中に素肌をさらしているのは辛い。
下から上で、ほぼ全てのボタンを留めたところで、
「跡、残っちまうな」
「ん?」
黒い瞳がじっと胸元を――― 一番酷い怪我の箇所を見つめていることに気がついた。
「ああ、いいんだ。女の子でもないし、跡が残ろうがどうってことはない」
ポーションのお陰でふさがったそれ。
心臓に近い位置にある刺し傷はその場だけ皮膚が引きつったような傷跡を残していた。
ドクトリーヌとチョッパー曰く、あと数センチずれていたら『絶対に助からなかった』らしい。
運が良かったとはいえ太い血管を傷つけていたらしく、あふれ出る血を止めようと手を尽くした結果、傷跡が残ってしまったと申し訳なさそうにチョッパーに言われたが、その時も別に気にすることじゃないと答えたはずだった。
所詮は男の身体である。
戦闘員としても働いていたのであちこちに大小様々な傷がある。
一番目立つのがこの胸の傷というだけで、今更という感じなのだが、チョッパーは気になってしまっているらしい。
むしろ自分としては―――、
「消えて欲しいとは思わない」
残ってくれたことに感謝すらしている。
感じた痛みは消える。
消えてしまう。
すでに、あの息をするのすらも辛い痛みはこの身体に残ってはない。
数年もすれば苦しかったという記憶にしか残らないだろう。
けれど、―――傷跡は違う。
悔しいと、憎しいという想いと共に一生この身体へと刻まれる。
この傷跡は自分自身に対する戒めであると同時に、新たな誓いの証となった。
己の未熟さを忘れないよう、二度と躊躇わぬよう、この傷跡は必要なのだ。
ゆっくりと確かめるように服の上から指先でなぞった後で、こちらを見上げる瞳に笑みを浮かべる。
「だから、大丈夫」
「でも、な。***は、せっかく綺麗な身体し、て………!!!!」
ビビビっとまるで雷に直撃されたかのようにしてチョッパーの動きが止まる。
硬直したかのような小さな身体を前に首を傾げた瞬間、
「ドッ!ドクトリーヌだ!ドクトリーヌが!!!」
「………ドクトリーヌが?」
「そう言ったんだ!アイツは綺麗な身体と肌をしているのに、あんな傷跡が残ったら勿体ない、って!」
あわわわ、と大慌てするチョッパーを前に、思わず手のひらで額を覆うようにしてから天を振り仰いだ。
あのバアさんは…なんてことを…。
可愛らしいチョッパーの精神年齢がいつくであるのかしらないが、幼いといってもいい相手にセクハラ発言はいかがなものか。
139歳の女性に勿体無いといわれても嬉しくもなんともない。
むしろ狙われているのかと首の後ろが寒くなる。
はぁ、と溜息を天井に向けて吐き出してから、未だ慌てふためいているチョッパーへと視線を戻し、
「これ、な」
トンっと指先で叩いたのは傷跡の残る胸元。
「友人にやられたんだ」
バタバタと忙しなく動いていた両手両足が、呟いた言葉にピタリと止まる。
呆けた様に黒い瞳を見開いて、ゆっくりと真っ直ぐにこちらへ向けて当てられた視線。
「結構長い時間共に過ごしてきた友人を―――友人だった奴を前にしてほんの一瞬、躊躇った。アイツがやったことは『現実』として受け止めていたのに、目の前にして剣を抜くのを躊躇った。それでコレだから……自分を戒める為に丁度いい」
大きく目を見開き、驚愕の表情のまま石像になってしまったかのようなチョッパーのピンクの帽子に手をかけた。
そっと手のひらを動かして撫でる。
傷跡が残ることに後悔はないし、むしろ残ってくれたことに感謝すらしている。
あの時、あの瞬間に戻ることは出来ない。
どんなに後悔しても、どんなに願っても時は前に進む。
ならばこの傷跡に怒りを、憎しみを、後悔を、自戒をも強く刻み込み、その時を待つ。
あの男から決して逃げない。
迷わない。
躊躇わない。
その消えることのない証として。
こちらを見上げてきていた澄んだ黒い瞳が驚愕から戸惑い、混乱へと瞳の中が変化する。
何か言いたげで、でも気まずげな表情にしてしまったことを申し訳なく思いつつ、ぐりぐりとピンクの帽子を強く撫で付けた。
そして、立ち上がる。
「さ、朝ごはんにしよう」
2011.07.20