ジャンパー!

□まずはかわいがってきにいってもらいましょう
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▼サッチ視点




「おはよーございます」

くあ、と大きな欠伸付きでそう声をかけてきたのは、昨日何もない空間から突然現れこのモビーディック号の客人となった***だ。
異世界人―――といささか信じられないような存在である。
いまだ眠たげな瞳がとろけきっていて、座った途端そのままテーブルに懐きそうな頭を阻止する形で支えた。

「コーヒー飲むか」

「うい。ブラックで」

「待ってろ」

寝るなよ、と一言残してから立ち上がる。
手早くコーヒーと朝食のプレートを用意してテーブルまで戻れば、***はふらふらと危なっかしく上半身を揺らしてはいるがかろうじて目だけは開いているようような状態だった。

「ほら朝飯だ」

「ありがとう、サッチさん」

「さん、なんてつけないでいいぜ」

「そ?なら、サッチで」

目の前へと持ってきたものを置いてやれば、キラキラと輝かく瞳。
フォークとナイフを手に、

「いただきます」

と嬉しそうに笑った表情に少しだけ和む。

「どうだ?」

「おいしい」

更に深まったにっこり。
陶器の器とナイフやフォークといった金属がこすれるほんの微かな音はするが、気品を感じさせる流れる仕草に思わず見とれてしまっていた。

「ずいぶんとお上品に食うな」

「そう?」

パンをちぎって口に放りこむ姿も優雅に見えてしまい、ここが一瞬海賊船であることを忘れてしまった。

「びっくりするくらいだぜ。ここじゃ奪い合いは日常茶飯事だからな」

「なら時間ずれてて良かったかも。ブレアがお嬢様育ちだからさぁ。幼い頃からそういうの叩き込まれてるんだよね」

「ほうほう」

軽く頷きながら、***の目の前の椅子を引いて腰を据える。
甲板でこの世界のことやそちらの世界の事をある程度は話してみたが個人的な事までには時間が足りずに聞き出すことは出来なかった。
朝っぱらからで悪いがせっかく話題となったのだから話してもらおうと口を開いた。

「どんな関係なんだ?幼馴染ってだけか?」

見たことのないブレアという女性の存在。
嘘みてーに空間を切り裂き人ひとりを送り込める力を持った存在。
さすが異世界、とまとめていいものなのか微妙ではあるが、目の前に座る存在も彼が語る女性の存在も気になるのだから仕方がない。
幼馴染とは聞いていたが本当にそれだけなのか問いかけた途端、

「幼馴染だけど………下僕っていうか……」

「はぁ!?」

下 僕 !?
あまりにも斜め上な答えに思わず目を見開いてしまった。

「聞く?聞いちゃう?俺の苦労話というよりも愚痴聞いちゃう?」

「とりあえずお兄さんに話してみなさい」

「ありがとう、サッチお兄さん!」

なにがどうなって幼馴染から下僕になりうるのか。
驚きと共に湧き上がってくるのは隠しようもない好奇心。

「いやー、生まれた頃からの付き合いなんだけど。向こうは生まれた瞬間からめちゃくちゃなお嬢様なわけですよ。ブレアの周りには何人もの使用人がいて、何につけても使用人がやってくれるかんじ。朝起きてから夜寝るまで、彼女自身の手でやることなんて限られてたくらい。
ほとんどないと言っても過言ではないね。フォークとスプーンより重いものなんて持ったことなかったと思う。
まぁ、母さんもその中の一人だったんだけどさ。いわば乳兄弟ってやつかな。奥様がいないときは母さんがブレアに乳やってたみたいだし。
で、ほとんど同じ時期に生まれた俺に遊び相手としての役目が回ってきたわけだ……不幸なことに」

よよよ、と泣きまねを入れながらもほとんどノンブレスで語る。
これは賞賛されていい域だと感じながら一番肝心な部分を口にする。

「美人か?」

「めっちゃ美人。もうね、びっくりするくらい美人。街で歩いてたら確実に二度見する」

「おおお!」

美人、二度見するほどの美人と聞いて俄然テンションがあがる。
これはもう事細かに聞くしかねーな、と心の中で腕まくりをすると、目の前に座った***がぽつりと呟いた。

「外見はね、完璧」

「???」

「中身がすげーんだよね。本気でもうなんか真っ黒。悪魔か何かじゃないかと思うほどに真っ黒。笑顔で意地悪するわ、人を陥れるわ、女ってこえーってのの代表」

「でも美人なんだろ?」

「そーだよ!そーなんだよ!美人だから何でも許されると思ってんだよ。サッチみたいなのがいるからだよ!皆あの笑顔に騙されんだよ!」

ガッディム、と怒気をあらわにしてしかめ面をしているが、結局お前も笑顔に騙されてるクチなんじゃないか?と思わずにはいられない。
だって、我が儘だ、悪魔だ鬼だ、といってる割には幼い頃から今の今まで離れてないということは、結局そのブレアお嬢様のやってることをコイツが許してるってことだろうし。
なんにしろ触れてやらないのが出来る男の気遣いというものである。

「そんでお家が世界の中でもトップくらいのお金持ちでさ。金は腐るほど持ってるわめちゃくちゃ美人だわとなったら、色々な意味で狙われたりなんだりすることが多くなって。
俺、急に遊び相手から身代わりみたいな存在へとランクアップ。幼馴染とはいえ男女だし、年頃になったら離されるよな〜って思っていたのに台無し!その時、初めて本当の絶望の味を知ったわ。
望んでもないランクアップしちゃったから、俺死んじゃうじゃん!フラグ立ってるよね!?と真っ青になったらお嬢様が気をきかせて………あれって気をきかせたのかな。ある意味暗殺者に狙われるよりも危険だったな……という師匠を見つけてきて、まぁ、不思議能力死ぬ気で習得……みたいな」

地獄だった、と遠い目をした***。
なんというか、黙っていればモテそうな外見であるのに女性に振り回される男の典型とでも言おうか。
あの特殊な能力を得ることが出来たんだからいいんじゃね?とは決して口に出して言ってはいけないとサッチは心に刻んだ。
不憫すぎる。

「ブレアちゃんは空間移動できるやつなんだな?」

「そ」

こくりと頷く頭。

「じゃ、お前のは?」

「俺?」




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