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□かわったものにきょうみをもちます
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▼イゾウ視点




「―――船の生活は慣れたかい?」

「えーっと?イ、ゾウ?隊長?」

前から歩いてくるのは数日前、この船に身を寄せることになった『異世界』から来た人間だ。
声をかけてみれば、ほんの少し眉を寄せて考えこむようにしながらもなんとか声を発した存在に笑う。

「ハテナが多いな」

「すみません。この船、人が多くて」

くじらを模したモビー・ディック号は山のように巨大な船である。
1600人が同じ船に暮らしているなどそうあることではない。
困ったように頬をかきながら『名前と顔が一致しない』などと屈託なく笑う姿にイゾウの視線はするりと流れるように青年の全身を見渡した。
どこにでもいるような、普通の青年だ。
親父と張るような覇気を出せるような人物とは思えない。

「で?慣れたのかい?」

「はい、おかげさまで。船の生活なんてしたことなかったので、最初はドキマギしましたが、こんな怪しい人物だってのに皆さんが優しくて」

『怪しい』とは自分自身でも理解はしているらしい。
違う世界から来た…かもしれない、―――なとど言われてもすぐさま納得は出来るようなものではない。
急に現れた存在が語る内容は突拍子もなく。
ここでは当たり前のことが彼の中では当たり前でなく、彼の中で当たり前のことがこちらでは当たり前ではないということが知れた。

まったくかみ合わない世界観に隊長格は互いに困ったように視線を交わして、親父からの乗船の許可に深々と頭を下げた青年はこのモビーディック号の『客人』となった。

指先ひとつ動かせない状態にさせられた事を忘れたわけではない。
油断させてバッサリと―――なんて可能性は捨てきれないが、青年が主張する敵じゃないという言葉通りあの甲板の騒動からこの世界に、否、この船に慣れようとしている姿を見れば今のところ静観するのが妥当だろうと隊長同士話をつけた。
警戒心の強い奴らは未だピリピリしてはいるが、監視はそういった奴らに任せることにして他の連中は徐々に『客人』という珍しい立場に据えられた存在を受け入れようとはしている。
人懐っこくも礼節のある態度に絆されつつあるのかもしれないが。

にこにこ浮かべられた笑み。
何の警戒もなく見つめてくる存在に、こちらも釣られたような笑みを浮かべてしまっていた。
なんとも面白く不思議な存在だ。
海賊を前にして豪胆なのか、それとも考えなしなのか。
気の抜ける笑みは何と言うか、―――犬のようだ。
警戒心のない、犬。
わふわふと尻尾を振りながら嬉しそうに纏わり着いてくるイメージが脳裏に浮かび、本人を前にクっと喉を鳴らした瞬間だった。

ぐらりと足元が盛大に揺れる。

先ほど記したようにこのモビー・ディックはとてつもなく巨大な船である。
その船が揺れるということ自体めったにないことだが、何よりもイゾウを驚かせたのは、船の生活などしたことがないというわりにはバランスを一切崩すことなく立つ***の姿であった。

「この船でも揺れるんですねー」

のほほんっとした声音に、少しだけ瞳を眇める。
まるで何事もなかったかのように立ち続ける姿は、やはり『異様』に見えたのだけれど、

「……イゾウ隊長?」

不思議そうな声音と共に首を傾げる姿は年相応で。
やはりこの青年の印象は掴みどころがなくちぐはぐだ。
犬のように人懐っこく無防備であるかのように見えるのに、それが全てではない。
彼の内面は外見の華やかさとは決して一致しない。
それが分かるだけに、やはり『ちぐはぐ』なのだ。

じっと視線を注げば、傾げる首を深くする。
パチパチと瞬く目蓋を前に、イゾウは諦めたように小さな息を吐き出すだけに留めた。
とりあえずは問われた事にと口を開いたところで、

「ああ、これは多分―――」

「海王類だ!」

「近いぞ!」

甲板から響いた声に答えを言われてしまい、思わず肩を竦めてみせる。

「かいおうるい?」

「………見たことないか?」

「まったく。なんですか?名前からして、生き物……ですか?」

「ああ、海のな。甲板まで出れば見れるんじゃないか」

行ってみるか、と問えば、こくりと頷く。
好奇心を隠せない性質らしい。
心なしか瞳がキラキラと輝きを増したような気がした。
ああ、やはり『犬』にしか見えない。
犬だと思っていたら喉笛を噛み千切られそうだというのに、目の前にすると『犬』のようにしか見えないのだ。
本当に面白く不思議な存在だ。
くくく、と耐え切れずに小さな笑い声をもらしながら共に甲板へと向かえば、また足元が大きく揺れた。

「また揺れた!」

「かなりデカイな」

「デカイ!?え?大きいんッすか!?」

そんな会話をしながら踏み出した甲板では、真上に昇ってさんさんと輝く太陽に一瞬網膜を焼かれ辺りが白く染まる。
突き刺さる陽の光を避ける様に手のひらをかざして視力が戻るのを待ちながら見上げたその先に、―――蛇にも似た巨大な生物が鎌首を擡げるような格好で船を見下ろしていた。
甲板では突然現れた海王類にあたふたと走り回る奴らが多いが、

「おおおおおお!」

隣からあがったのは戸惑いや恐怖といったマイナスの感情は欠片も感じられない、感嘆を含んだ声だった。
視線は真っ直ぐに海王類へと向けられる。
それも更にキラキラとした輝きを増した視線が。

「すごい、でかい…!」

甲板を走り回っている連中は誰もが慌てふためき、焦りきっているというのに。
この存在は初めての海王類を前に喜色を乗せる。
蛇のような生物を見上げる姿は、まるで望んでいた玩具を与えられた幼子のようにみえた。
とはいえ、この異世界の『客人』の反応を見て楽しんでいるわけにもいかないのだが。

モビー・ディックの近くに現した存在はじっとこちらを見下ろしてくるのみだが、相手は海王類である。
この大きさでは船を動かすか、海に戻るのを待つか、それとも誰かが始末をしなければ―――と辺りを見渡したイゾウは自分の視界に映った光景にぎょっと肩を跳ねさせた。

甲板の端に今の今まで自分の隣にいた存在が見える。
いつの間に人が行き交う慌しい甲板を走りぬけ、端へと辿りついたのだろうか。
欄干から身を乗り出すようにして海王類を見上げる姿。
両手を差し出すようにして掲げ、そして、

「ラブリー!」

満面の笑みで振り返りそう主張した存在に、イゾウは元より甲板にいたほぼ全員の動きが止まる。

ちょっと待て。
可愛い?
これが、か?

見上げた先はやはり蛇のように見える巨大な生き物。
息継ぎにあがってきたのか、それとも陽の光に誘われたのか、こちらを攻撃しようとする気配は伺えないが相手は海王類である。
何度も言うようだが海王類なのだ。

いつ何時こちらに向かい牙を向くかもしれないような存在。
いくらモビー・ディック号が山のように巨大とはいえ、この蛇に似た生物に攻撃されれば無傷ではいられない。

「おい、***、離れてろ」

「サッチ!見て!凄い!初めて見た!海王類!」

「なんなんだ、そのテンションは、よ!見てるから離れろって言ってんだろ!?」

「……え?なんで?可愛いのに?」

「おまっ…!ここで可愛いは関係ないだろうが。つか、どこがだ!どこが可愛いんだ!お前、船医に目を見てもらえ、目を!」

「視力は両眼共に2.0でごわす!!」

「そうじゃねぇよ!これを可愛いっていう感覚が―――…おい、まさか異世界じゃ、これが可愛いのが普通なのか?」

「どの世界でも可愛いに決まってる!ってことで、ダメだ、俺、我慢できそうにない。触る!触れ合う!戯れる!」

「――――は?」

「おーい、おーい、聞こえてる?おいで!おいで!こっち、おいで!触らせて!」

「ちょっ!馬鹿!お前、なにして―――…」


飛び跳ねるようにして嬉しげな声を張り上げる***。
それを止めようとサッチ。
暢気にすら見えるやりとりにイゾウが耐え切れずに吹き出した瞬間、こちらを見下ろすだけだった海王類が数度瞬きをし、
興味を引かれたかのように首を下げた。




巨大な蛇が動けば、巨大なくじらも揺れる。





間近になった海王類に、一人の歓声と大多数の怒号と悲鳴が入り混じりる甲板は―――カオスといっても差し支えない状況へと陥ったのだった。





かわったものにきょうみをもちます



(超可愛くね!?めっちゃ可愛くね!?おいで、おいでー!)
(やめろ、***!)
(ぎゃー!!)
(なにやってんだ!)
(アイツは馬鹿なのか!)
(異世界人ってこえぇ!)
(おい、誰かあいつを止めてこい!)




2011.07.13

珍獣の飼い方10の基本

 

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