長編、シリーズ

□5.教えてウォーズマン
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 ゴキブリのショックから立ち直ったウォーズマンさんと一緒に朝食を取り、それからわたしたちは腹ごなしも兼ね、アパートから一番近い商店街へ向かった。
 朝だからか、商店街に人はまばらで買い物はしやすかった。何人かには親しげに声をかけられたが、記憶喪失だということを伝えると皆、気の毒そうに微笑み、それ以上は何も言わなかった。
「ウォーズマンさんは、なにか好きな食べ物はありますか?」
「えっ、いや……特には」
 言いにくそうに俯いて、ウォーズマンさんは頬を赤く染めた。……そんなに人に言うのが恥ずかしくなるような食べ物なのだろうか。子どもっぽいとか?

「……お子様ランチ?」
「それは違うっ。どうしてそれを選んだんだ?!」
「なんだ、違うんですか。ではなんなんです?」
 それは……。さらに頬を赤く染め、ウォーズマンさんは小さく呟いた。「ボ、ボルシチ……」
「ボルシチ、ですか? そういえば、ウォーズマンさんはロシア出身でしたっけ。……そんなに恥ずかしいものですか?」
「いや、なんとなく……」
 催促しているみたいじゃないか、子どもみたいに。そう言ってまた頬を掻くウォーズマンさん。……ちょっぴり可愛いかもしれない、なんて思ってしまった。

「……それじゃあ、今日の晩ご飯はボルシチにしましょう」
「あ、え、いや。別にボルシチでなくても」
「まあまあ、そう言わず。……一緒に作ってくれますか?」
 わたし、ボルシチの作り方、知らないんです。首を傾げてそう尋ねると、ウォーズマンさんは「降参だ」と言った風な呆れ顔で、「ダー(ロシア語で、はい、という意味らしい)」と返事した。
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