少数お題

□叶わぬ恋だから
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 久しぶりに会った千冬は、様子が少し違っていた。
 どう違うのかと聞かれれば、なんと答えればいいのかわからないが、とにかく、どこか大人っぽいような、女っぽいような、不思議な感覚に俺は目眩さえ覚える。
「久しぶりだね。……2ヶ月ぶりくらいかな?」
「ああ。……千冬は、元気そうだな」
「ウォーズマンも、ケガとかしてない?」
「……超人レスラーはケガするのが仕事だよ」
「それもそうだ」
 彼女は控えめに微笑む。……やっぱり、どこかおかしい。
 そもそも彼女はなんの為に俺を呼び出したのだろうか。……こんなどうでもいい世間話をするため? そんなはずはない。電話ですむような話を、わざわざ呼び出してまでする必要はない。

「千冬、なにか悩みでもあるのか?」
「え?」
「少し、いつもと様子が違ったから」
「……ウォーズマンは鋭いなぁ」
 俺がそう指摘すれば、彼女はほんの少し頬を綻ばせ、ため息をついて、言った。
「……あのね、わたしね」

 ――好きな人が出来ちゃったの。

「……うん?」
「好きな人が出来ちゃったの。……恋、しちゃったの」
 おかしな汗が出る。尋常ではない量の汗が。頭の中で、彼女の言葉が反芻する。
 千冬は頬を染めている。可愛らしい、それでいて大人びた女性の顔をしている。
(相手は?)
 バカみたいな期待で胸は溢れた。その愛らしい唇から自分の名前を発するときはいつも、胸が踊った。優しさで、愛しさでいっぱいになった。
(俺だったら、いいのに)

「でもね、」
「ん?」
「その人に告白はしないの」
「……どう、して?」
 汗が止まらない。彼女に悟られてはいないだろうか。

「わたしの好きな人ね、」
(聞きたくない)
「テリーマンさんなの」
(俺は、バカだ)
「テリーマンさんにはナッちゃんがいるでしょ」
(勝手に浮かれて舞い上がって)
「だからね、」
(期待、して、)
「諦めるんだ」
(俺は、)

「でも、どうしてもすっきりしなくって」
 そんな時にね、
「ウォーズマンの顔が浮かんだから、来てもらったんだ」
「そう、か」
(なんて、道化だろうか)
 以前ならば胸が張り裂けそうになるくらい愛らしい彼女の笑顔は、今は俺の胸に深く突き刺さった。


おわり

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