少数お題

□声が聞けるだけでいいの
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「うん、うん……大丈夫。うん、そっか――うん、もう切るね」
 電源ボタンを軽く押す。するとすぐに通話は途切れ、ツーツーと通話終了の合図が聞こえた。
「もう、通話終了かよ? 千冬」
 友人のスカーフェイスが閉じていた口を開いた。通話の相手は彼のよく知った超人、ケビンマスク。「ずいぶんと素っ気のねえ会話だったな。いつもそうか?」
「うん。……会うとね、喧嘩になっちゃうの」
 なぜかはわからないが、ケビンと顔を合わせると毎回、大喧嘩になる。お互いのなにが気に食わないのかはわからないから、なおのこと厄介な現象だった。

「はあ? お前ら付き合ってんじゃねえの?」
「んーと、そうなのかな?」
「おいおい、ケビンが泣くぜ?」
「よくわからない。……だって、いっつも喧嘩しちゃうし、だからもう何ヶ月も会ってないから、ケビン、わたしの顔なんて忘れてるんじゃないかな」
 ケビンの活躍が掲載されたスクラップ記事を手に取り、彼の輪郭をなぞった。もう何ヶ月も触れていない彼の肌は、紙面だからかひどく冷たい。

「でも、声が聞けるだけで、いいんだよ」
 なにもないより、ずっと楽。電話越しなのは、ちょっぴり寂しいけれど。
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
「なにが?」
 スカーは真面目な顔で、わたしの頭を小突いた。地味に痛い。
「そんな顔で言っても、説得力ねーから」
 たまには思い切り泣いてやれ、千冬。……全部、聞いてやるから。わたしの目の前に大きな手がかざされた。優しくて、温かい手。彼の手も、こんなに大きかった気がする。……よく覚えていないけど。

「スカーは、優しいね」
「ああ、よく言われる」
 スカーに言われるがまま、わたしは泣いた。
 それは嬉し涙だったのか、悲し涙だったのか、それとも両方なのか……わたしにはわからなかった。



おわり
 

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