Kuzan

□どっちをとるか、悩んでみたり
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「あのっ……」
「ん?」

フードを被ったまま下から見上げてくるティアは、やはり愛らしい顔をしている。
親がどれだけ美男美女の組み合わせだったのかは知らないが、
これほどに美しい子供を産めたのであれば、それは相当に眩い夫婦、もといカップルだったのだろう。

フードの陰になっている所為で瞳の色は見えないが、
そのくるんとした丸く大きな瞳で見つめてくるティアの可愛らしさと言ったら無い。
青キジは、そんな可愛い女の子が自分の傍に居て、しかも自分にだけ懐いている事が
嬉しくて仕方がなかった。

が、次いでティアの口から出た言葉に青キジははっと我に返る。

「その……名前を、知らないので…」

そういえば、自分の事は“おじさん”とだけ言っていて名前を言っていなかった気がする。
確かに名前を知らなければ呼び様が無いだろう――まあ、“おじさん”と呼ぶのならば別だが。
しかし、“名前を知らない”というのだから、自分の事を名前で呼ぶつもりなのだ。

――なんとまあ、可愛らしいことか。

青キジは再び口角が緩みそうになるのを慌てて引っ込め、「クザンだよ」と一言だけ言った。
ここで敢えて“青キジ”と名乗らなかった理由は勿論お分かりだろう、可愛い女の子には
大将としての呼び名では無く、自分の名前を呼んで欲しかったのだ。

「クザン……さん?」

そしてその目論見は(当然といえば当然なのかもしれないが)見事に達成された。
首を傾げながらそう言うティアに、青キジ――クザンは、一瞬で心を奪われる。

ただでさえ破壊力の凄まじいその顔とその仕草に加えて、自分の名前を口にしてくれたのだ。
己の理性がぶっ飛びそうな予感がしたが、そこは流石に海軍大将である。
動員できるありったけの冷静を引っ張り出して、何とかそれを抑え切った。

「うん、そう。おじさんの名前はクザンだよ」
「……!!」

穏やかな笑みを浮かべ、クザンは優しくティアの頭を撫でてやる。
すると、途端にティアの顔がぱあぁっと明るくなり、嬉しそうににっこりと笑った。

「……ん?」

だが、その嬉しそうな表情は一瞬ではた、と固まる。
細められていた眼はぱっと丸く開かれて、“何かに気付いた”もしくは“思い出した”様な、
そんな表情に変わる。

「どうかしたの、ティアちゃん?」
「……あ、あの…っ」

不審に思ってクザンが聞くと、ティアは少しばかり頬を染めて下を向いた。
そして、何やら言いにくそうに、もごもごと呟く。

「これは、あの、さすがに、……多いと、思うんです…」

ティアがちらちらと視線を向ける先には、
――レジ横にどっさりと積まれた洋服の山があった。

ここはとある島のとある服飾店で、頭の天辺から足の先まで身に付けるものがほとんど
揃っている、そんな場所だ。
クザンは島につくなりここへ足を向けると、ティアの体のサイズに合うものを
次から次へと店員に手渡していき、そして今に至っている。

「そんなことないよ、……ティアちゃんの"当たり前"で考えちゃだめだって、言ったでしょ?」

クザンは店員に何かを指示しつつ、諭すかのようにティアに答えた。

「で、でも、……こんなに着れない、です……」

それでも遠慮がちにティアが言えば、

「大丈夫、気にしないの。無いよりはあった方が絶対良いから」

クザンはふっと笑って、またティアの頭に、ぽんと軽く手をのせた。

「ほらこれ、履きなさいや」

そして店員から何かを受け取ると、ティアの足元にそれを置く。

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