Law

□ep.2
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「…目が覚めたか?」

そのたった一言で、一瞬にして意識は浮上した。

突然、頭の中に直接響いて来るように聞こえたその声は、
さして低くなかったにも関わらず、何処か人を威圧する様な、そんな迫力があった。

「……あなたは?」

意識が浮上して、ただその目の前に佇む人間を認識できただけだというのに、
何故かそんな言葉が自然と口をついて出た。

被っているのは白いもこもことした帽子、その陰になっている目の下にあるのは隈。
肩に担いでいる長い物は、一体なんだろうか――見た事がないでもないが、
しかし連想されるこれはあまりにも物騒で時代錯誤だ。

「…………、お前を助けた医者だ」

不機嫌そうな声は少し考え込むように黙り、そしてそう名乗った。

それは名前ではないが人を表わすもので、藍自身がどういう状況にあるのかを
はっきりとさせる答えでもあった。

「あなたが助けて下さったのね。……有難う」

不思議と藍は冷静な状態で居て、その“助けた”という単語一つで
自分の身に何が起きたのかを全て思い出した。
だから、助けられたことに対しての感謝の意を直ぐに伝えられた。

助けられて今自分が生きている事に関しては有難いのかどうか判りかねるが、
“助けられた”という事実にだけは感謝するべきであろうという、
これまた冷静な判断故の言葉であった。

「……ここは?」

だが冷静であるとはいっても、流石に見知らぬ場所まで分かる訳ではない。
今藍の見える範囲にあるのは、木目の天井と床と壁、そして清潔そうな白いベッドだ。
若干遠いので見にくいのだが、デスクが置かれていて、その上には透明な小瓶や鋏、
銀色のトレーなどが置いてあった。

そして、ふと傍らに立つ男を見る。
男は面倒臭そうな顔をしている様な気がしたが、なにぶん今迄見た中で
一番無表情な人間だったのでその辺りを判断するのは難しそうだった。

藍を見下ろして、男はぼそりと言った。

「…俺の船だ」

その言葉に、藍は目をぱちくりさせる。
木目の天井に床に壁とは珍しい病院もあるものだと思ったが、
どうやら病院では無く“船”らしい。

“医者”が居て、怪我を治療してくれたのならばそこは、普通病院と呼ぶべき場所ではないのだろうか?
例えばそうでなく、たまたま通りすがった彼が医者であって、自宅に連れ帰って治療してくれたのだとしても、
自宅が船であるという事があるのだろうか?

しかしながら藍は、確かにここが船であるという可能性も否定はできないと考えていた。
何故ならば、時々部屋そのものが揺れるのを感じるのだ。
地震の様な揺れでは無く、ゆっくりと、規則的にリズムを刻む揺れを。

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