Law

□ep.3
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「……夢?これがか?」

男は、藍の言った事を聞いて初めて、感情らしい感情を表に出した。
白いもこもことした帽子の陰で、目が見開かれている。

「ええ、たぶん。私はあなたの言っている事が分からないし、あなたを知らない。
 それに、ここは私の知らない場所だから、きっと夢なんだと思う」

藍がそう言い切ると、男はますます驚いた様な顔をした。
そして、次第に肩を小刻みに揺らしながらくつくつと笑い出す。

「これが夢?今ここにいる俺も、お前も、お前の夢の中ってか?ククッ…」

やはり、違うのだろうか。
男は笑っているし、しかも夢の中にいる状態で夢だと認識できると、
いつもならその状況も夢らしく見えてくるものなのだが、
自分を取り囲むこの環境には現実味がある。
夢っぽくない――というのはかなりアバウトな表現だと思うが、
そこのところは何となく察してもらえるだろうか。

「……私には、そうとしか思いようがないの」

だが夢でないのだとすれば、どう説明をつければいいのか藍には分からなかった。
元から持つ己の知識を総動員しようと、今得られた情報を頭に詰め込もうと、
どう考えてみた所でしっくりくるものはない。
あまりに非現実的すぎる現実に、藍は頭を抱えるしかなかった。

「……腹を刺されたショックで、記憶が飛んでるんじゃねェのか?」

至って真面目な顔をしている藍に、流石に男にも藍が真剣そのものである事が伝わったらしい。
恐らく、今最も考え得る事だと判断したのだろう、藍にそう持ちかけた。

しかし藍は、首を横に振る。
自分がどうして腹を刺されたのかその理由ははっきりとしないが、
元は何処に居て、誰と、何をしていたのかと聞かれれば、全て間違いなく答えられる。

「…なら、覚えてるんだな?刺された時の事を」
「ええ」

藍は今度は首を振らず、短く一言で返答する。

「……俺にその時の事を話せ。そうすればすぐに分かる」

男は少し悩んだ風だったが、そう言って藍が寝ているベッドに腰かけた。
寝ている姿勢のまま座っている相手に向かって話すのはどうにもやりにくいのだが、
腹を怪我してしまっているために腹筋に力が入らず、しかも無理に力を込めると
腹が裂けそうに痛み、どうしても起き上がる事ができないので致し方ない。

藍は男の顔を見ずに天井へ視線を向けつつ、あの夜どうしていたかを話し始めた。







そして貴方は、知らぬ男を怒りました。

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