Law

□ep.7
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「お邪魔しまーっす!」

ローが出ていってから暫くして、医務室の扉を元気良く開けたのは、
キャスケットがトレードマークのシャチだった。
藍は、自分達の船にある部屋に入るのに
わざわざ「お邪魔します」などと言う必要はないのではと
思ったが、一応自分が中に居ることを配慮してくれたのだろうと思い、

「こんにちは、シャチさん」

と笑顔で彼を迎え、会釈をした。
シャチは、「その“シャチさん”ってのやめろよ」とむず痒そうな顔をしつつも、

「何もすることないだろ?暇じゃねェ?」

と、気遣うように話しかけてきた。
確かに、医務室から外へ出ることはローから許可されていないので
外へは出れないし、かといってベッドの上で何ができるかと言われても
することなどない。
そもそも、ベッドの上でできることなど、大したことではないのだ。

「そうね……正直、ちょっと退屈してるわ」

藍が苦笑しつつそう返答すると、シャチはにやーっと笑って得意顔になり、
背中にまわしていた腕を藍の目の前に突き出してみせる。

シャチがその手に掴んでいたのは、ゴムでひとくくりにされたカードの束だった。
こちら側に見えるのは、木目細かで美しい模様が施された黒い面。
こちらの世界と元居た世界の感覚が大体同じであるとするならば、
恐らくこれはトランプのような類のカードゲームなのではないだろうかと
藍は推測を立てる。

「そうだろうと思ってさ、トランプ持ってきたぜ!!」

ぱあぁっと顔を輝かせながら嬉しそうにそう言うシャチの言葉からして、
藍が立てた推測は間違っていなかったようだ。
そのカードの呼称が、元居た世界と全く同じだったことには少しばかり拍子抜けしたが。

だが藍は、差し出されたカードに興味を惹かれるでもなく、
さほど幼いわけでもあるまいに、子供のように素直に感情を表現するシャチの方が
どうしても可愛くて、つい笑みをこぼしてしまう。
だがシャチは、特に藍が笑ったことを気にする風はない。
自分が、トランプを持ってやってきてくれたことを純粋に喜んだのだとでも
思っているのだろうか。
どちらにせよ、シャチは思いやりのある、人懐こい性格であることが窺えた。

「……ありがとう。嬉しいわ」

藍の謝辞に、シャチはおうっ、と元気よく返事をして、藍の隣のベッドに腰掛けた。
そして早速ゴムをほどくと、見事な手捌きでトランプをきっていく。

「二人しかいねーし、“合わせ”やらね?」

きりながらシャチがそう提案してきたが、その名前には聞き覚えがない。
“トランプ”というカードの呼称は同じでも、それを使ってする遊びの呼称は違うということか。

「…ルールを、教えていただける?」

申し訳ないのだけれど、と付け加えて、藍はシャチにそう頼んだ。

「あ、そっか。世界が違ったらそりゃ知らねえこともあるよな!悪ぃ、考えてなかった」

シャチの言葉に、藍は優しく、気にしないでと答えておいた。
シャチはぽりぽりと後頭部を掻きつつ、ベッドとベッドの隙間に置いたテーブルに
手際良くトランプを並べていく。
上に見えるのは、黒い面――すなわち裏だ。
数字や絵が施された表は、伏せられた状態になっている。

「これは簡単なゲームで、ただ単にトランプをめくって、数字を合わせるだけなんだ。二枚めくって合わなかったら元に戻して、合ってたら続けてめくるってだけ」

例えば、と言いながら、シャチはランダムに並べられたトランプを二枚めくる。
それぞれ、スペードの8とハートの6。

「で、これは違うから…」

シャチはめくった二枚を裏に返し、手のひらを藍に向けて、次を促す。
藍はトランプを二枚、ゆっくりとめくった。
それぞれ、クラブの5とスペードの5。数字が一致した。

「おぉっ、初っ端からやるゥ!!」

シャチが大仰に驚いて見せ、

「そしたら、数字が一緒だったからその二枚は藍のカードな。続けてめくっていーぜ」

そう説明を付け加えた。
どうやらこれは、元の世界でいう“神経衰弱”のようなものらしい。
ただ、その後新たにシャチから説明をもらったが、それによると、
数字が一致しただけでなく色が一緒だった場合は、
更にそこで点数を加算したりするルールがあるらしい。
今回は藍が初めてだということで、適用はされなかったが。

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