Law

□ep.8
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「――経過は良好だ。このままいけば、一週間後には抜糸できる」
「……ありがとう、船長さん」

まくっていた服の裾をおろし、藍はローに礼を言った。

藍がハートの海賊団の船に乗ってから、すでに三週間が経過していた。
三週間の間は特に何が起きるでもなく、藍が船に居るため
クルー達が特に神経を尖らせて警戒していた敵襲もなく、
驚くほど穏やかに日々は過ぎた。

陽気なクルー達は、仕事の合間を見つけては代わる代わる藍の元へ顔を見せ、
藍が飽きることのないようにゲームをしたり、
船の倉庫に眠っていた珍しい物を見せに来たりもしてくれていた。

そのお陰で、医務室から外へ出ることを禁じられていた藍は退屈とは縁遠く、
さしたる精神的苦痛も身体的苦痛を感じることもなく日々を過ごすことができていた。

普段、ローはやるべきことに忙しいのかあまり顔を見せないのだが、
今日は、藍の傷を診るために医務室へやってきていた。
そのローの見立てによれば、術後経過は極めて良好で問題はないとのこと。
そして、多少動き回っても傷が開く可能性はほぼゼロに等しい、と言った。

「それはつまり、この部屋を出てもいいってことかしら?」
「……派手に動き回るな。クルーの仕事の手伝いもするな。甲板にでるくらいなら許す」

藍の問いに、ローはかなり素っ気なく返事をする。

藍は、クルーの手伝いを禁止されたことに若干の驚きを覚えた。
クルー達が恐らく分担してしているのであろう洗濯等を手伝おうと思っていたことが、
どうやらローにはお見通しだったらしい。
そんなに、手伝いたさそうにしていただろうか。
いや、顔に出していたつもりは露ほどもないし、もし万が一顔に出ていたとしても、
それがクルーを手伝いたいという願望だと伝わってしまうものだろうか。

「……分かったわ、甲板にでるくらいまでに留めておく」

苦笑しつつ、藍はローのその言いつけを承諾した。
とりあえず藍としては、医務室を出られればそれが一番の喜びだ。
さすがに三週間をベッドの上で過ごすには辛いところがある。

「……ただし、」

と、ローがさっきの言葉につけ加えるように口を開く。

「甲板に出るときは、絶対に一人で出るな。クルーの誰かを傍に置いておけ」

――この期に及んで、部屋を出て一人でいることも許されないのだろうか?
藍はローの忠告に些か不満を感じた。
重傷患者の身では偉そうにそのようなことを言えたものではないが、
しかしそれにしても、慎重すぎるきらいがあるのではないか。
あと一週間で抜糸できる状態で傷が悪化するなどまず考えられないし、
そもそも悪化させる行動をとってしまいそうなほど、ローには藍が子供に見えるのだろうか。

「……いきなり襲撃くらったら、お前が一番危ないからな」

藍の不服そうな表情からその気持ちを汲み取ったのだろう、ローが更に一言つけ加えた。

なるほど確かに、その理由は尤もで、今一番危惧されるべき問題であるようだ。
思い出してみれば、この三週間敵襲も何もないこと自体が珍しいとクルー達は言っていた。
たった今この瞬間に敵襲に遭おうと何ら疑問はない状況で、
どうして藍が甲板に出た時に襲撃されることはないと言い切れるだろうか。
そして藍は、武器を持った相手、もしくは飛び道具で襲われた時に自分で自分の身を守れるほど
武術や護身術に長けているわけではないのだ。
そのような心配をする必要が全くない世界に生きてきたのだから当然と言えば当然だが、
それでも充分クルー達の足手まとい、もといお荷物になることは明白だ。
船長の忠告、言いつけを守ることが保身になる――最悪命を落としかねない
危険から身を守るには、それが最善の方法だろう。

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