Law

□ep.12
1ページ/2ページ



女を治療するに至った経緯は至極単純なもので、偶々ベポと浜辺を歩いていたときに
血まみれで倒れているのを発見し、ベポが助けてあげようと何度も言うので気紛れに
拾って帰ってきただけだ。

女はベポに抱えさせて運び、手術室へ寝かせた。

傷は、腹部に刺されたと思しきものが一つだけだったがそれは予想以上に深く、
また流れ出た血の量も半端では無かったため、後十数分でも遅かったら
命はなかっただろう。
俺達に見つけられたこいつは、余程運が良かったらしい。

手術そのものは滞りなく済んだのだが、二日経っても女は目を覚まさなかった。
しかしその間にログは溜まり船は出港するしかなく、女が目を覚ました三日目の昼には
既に島から大分離れた海の上だった。

その時俺は自分も起きたばかりで、流し込む様にコーヒーを胃に入れた後
様子を見に医務室へ寄ったところだった。
一つだけ毛布が盛り上がっているベッドの傍へ立って、まだ起きねェのかと小さく
溜息をついてみたら、女の指先がぴくりと動いた。
そして徐々に女の瞼も持ち上がり、初めて俺の前に現れたその瞳はぼんやりと宙を
眺めていたかと思うと、はた、と俺を捉えて止まった。

「……あなたは?」

暫く見つめられた後女の口から発せられたその言葉に、俺は少しだけ逡巡してから
医者だと答えた。
どうやらこの女、俺の事は知らないらしい。
なら下手に海賊だと教える必要はない、パニックでも起こされたら面倒だ。
そう判断したが故の回答だった。

「あなたが助けて下さったのね。……有難う」

女は俺を見つめたまま、少し微笑んでそう言った。
この時俺が思ったのは、顔は割と良い方だなというくらいのものだった。
そしたらここは何処かと聞かれたので俺の船だと答えてやったら、女は目を瞬いて
黙り込んだ。
何か考えている様だったが、やがてまた俺に視線を合わせると、今いるのは
海の上かと聞いてきた。

だがその時は丁度潜航中で、正確に言うならば海の"中"であったからそう答えたら、
女は再び驚いた様に軽く目を見開いた。

それから重ねていくつか質問されたのでその全てに一応は答えてやったのだが、
何故か女が出した結論は"夢"だった。

私はあなたの言っている事が分からない、あなたを知らない。
それに、ここは私の知らない場所だ。

女は如何にも真面目そうな表情でそう言い放ったが、俺にはただ可笑しいとしか
思えなかった。
ここにいる俺もこの船も、こいつの夢の中のモンだなんてことあってたまるか。
どれだけ大事に囲われて育ったのかは知らねェが、とんだ『世間知らず』も
いたもんだと笑った。がしかし、

「……私には、そうとしか思いようがないの」

女があまりにも淡白な表情でそう言うものだから、俺は若干拍子抜けした。
ただじっと、真っ直ぐに向けられている瞳は揺るぎなく、それでいて何処か
冷めている様にも見えて、囲われて育った人間にこんな眼ができるのかと
興味をそそられたのは否定できない。

こいつが刺される迄の話を聞いてみる気になったのも、こいつが見せた眼によるところが
大きかった気もした。

「……好いた女をてめェで刺すなら、世話ねェな」

女の言ったことを完全に信じた訳ではなかったが、話の筋道はきちんと通っていたし
しっかりしていた。
話が終わってから吐き捨てるようにそう言ったら、女は苦笑いを浮かべていた様に
記憶している。

それから、タイミングも良く浮上することになり、女を甲板に連れ出した。
そうしたことに大した理由などはなくて、ただ何となく海を見せてやった方が
良いような気がしたのだ。

俺に抱えられているのも忘れた様にじっと海を見つめる女は、その時既に俺の中で
好奇心と興味と退屈しのぎの矛先になっていた。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ