Law

□ep.14
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「藍ー!!」
「あら…ベポ」

どたどたと盛大に足音を鳴らしながら医務室へやって来たのは、ベポだった。

時刻は昼過ぎで、浮上中の船内には眩しいくらいの光が差し込んでくる。
手を庇にして陰を作っていたがそれでもなお明るすぎる光に目を細めながら藍は、
あの窓にレースカーテンがついていれば丁度いいのにとかぼんやりと思っていた。

「そんなに慌てて……何か大変な事でもあったの?」

あんまりベポが息せき切って走ってくるものだから、藍は何か不測の事態にでも
陥ってしまったのかと少しばかり不安になる。
どたばたと慌てたような足取りで傍までやって来たベポに聞いてみれば、果たしてそれは
全くの杞憂に終わることとなった。

「キャプテンから、藍が起きたって聞いて!」

めずらしく朝起きてこなかったから心配になって来たんだ、とまだ落ち着かない様子で
ベポが言う。

確かに藍は、朝クルー達よりも少し早めに起きて食堂でコーヒーを飲んでいるのが
常だったから、こんなに遅い時刻になって起き出すことなどまずなかった。
いつもならもう食堂にいる筈だと思っていれば、いつまで経っても現れない藍が心配に
なってくるのも無理からぬことだろう。

「そうね、今日はずいぶん遅くまで寝てしまったから」

藍は苦笑を浮かべ、余計な心配を掛けてしまっているようならそろそろ食堂へ
顔を出しに行こうかと、自分の上に被さっていた毛布をのける。
そしてやや緩慢な動作でベッドを降りると、

「それじゃ、食堂に顔を出してくるわ。なんだか、変に心配かけてしまっているみたいだから」

にこりとベポに笑いかけて、藍は医務室を後にした。
結局医務室に一人(一匹?)残されたベポは、開け放たれたままの扉の先――もう姿の
見えない藍を、心配そうな顔で見つめていた。
心なしか、その表情は悲しげな雰囲気を湛えてもいたような気がした。





「おっ、藍じゃねーか!」
「おぉ、今日はずいぶんと寝坊したみてーだな!」
「今さっき皆で、お前が起きてこねェなーって話してたとこだ」

藍が食堂のドアを開ければ、ちょうど昼食を終えて一息ついていたクルー達が
次々と藍を見つけては声を掛けてくる。
心配こそしてなさそうに見えたが、それでもいちいち声を掛けてくれるのはやはり彼等の
優しさなのだろう。
中には、藍がこの時間まで起きてこなかったことに純粋に驚いていた者もいたが。

「ええ、今日は少し…寝過ぎたわね」
「夕べ夜更かしでもしたのかー?」
「いいえ、そういうわけではないのだけれど……なぜかしら?」

明るい調子で話し掛けてくるクルー達に笑いながら答えて、藍は遅めの朝食兼昼食を
とることにした。
カウンターからだだっ広いキッチンの中のコックに声を掛け、軽めに何か作って
くれるよう頼む。
コックは後片付けをしているようだったが、「あいよっ」と口調も軽く了承してくれた。

食事が出てくるまで待つ傍ら、藍はカウンターに腰を落ち着けて、ぐるっと食堂内を
見渡してみる。
自分の視界に映る限りでは、時々しか会わず話すことも少ないクルーや、自己紹介の時
以来一度も会話のないクルーなど、普段あまり関わりのない者ばかりが目立っていた。
ちょくちょく話し掛けてくるようなクルーもいるにはいたが、日常的に藍と関わって
いるクルー――つまり、シャチやペンギンといった、この海賊団の主要なクルー達の姿は
なかった。

(船長さんもいらっしゃらないけれど……ペンギンさんたちと、何か大事な話でもしてるのかしら)

カウンターに片肘をつき、顎に手を当てて、藍は小さく息を吐く。
クルー達のお昼時に姿が見えないのならば、たぶんそんな感じの理由があるのだろう。
ローがいないことは別段おかしくもなんともないが――彼の生活サイクルだけは形が
定まっていないからだ――シャチがいないということは変に気に掛かったから、藍は
自分で考え得る最もらしい理由を頭に浮かべてみた。

何て言ったってあの騒がしいシャチだ、この騒がしい食堂に来ないはずはない。
いつもなら昼時は他のクルー達と騒ぎまくって、時には度が過ぎたせいでペンギンに、
酷い時にはローに制裁を食らっていたりもするのだ(初めてローの能力を目の当たりに
したときは、心臓が止まるかと思った)。

そして暫くの間藍は微動だにせず物思いに耽っていたが、やがてキッチンからコックに
食事を渡されて、我に返った。

笑みと共にありがとうと一言礼を述べれば、コックは気にすんじゃねェよ、これが
仕事だと言ってニヒルに笑ってみせた。

クルー達も少なくなった食堂で一人静かに食べたサンドイッチは、見た目がシンプルな
わりに驚くほど美味しかった。








作り方にこだわりがあるらしいです。
 

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