Law

□ep.15
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ぽこ、ぽこりと時折聞こえてくる音に耳を傾けながら、藍は医務室の窓から真っ暗な
外の景色を眺めていた。
音が聞こえてくると、それに合わせて窓の外には白い泡が浮かんでいく。

ハートの海賊団の乗る潜水艦がその身を深海に隠したのはつい先程のことで、偶然
遭遇してしまった海軍の軍艦一隻から逃れるため急遽潜水することとなったのだ。
藍がこの船に乗ってから、二度目になる潜航だった。

普段出会うようなそんじょそこらの雑魚海賊なら、わざわざ潜ったりせずむしろ好んで
戦闘に入るらしいが、海軍の――それも軍艦ときては、たとえ一隻であっても戦闘には
慎重にならなくてはいけないのだと、ペンギンが言っていた。
今は藍が乗っているから、それは尚更なのだろう。

藍は自分でも、この船において戦闘になった場合は自分がただのお荷物でしかない
ことをきちんと分かっていた。
戦闘というものがどれ程のものなのかは分からないが、少なくとも自分は武器と呼べる
ものを一度も手にしたことはないし、格闘技の類いを経験したこともない。
さらに言えば、殴り合いや蹴り合いといった喧嘩も、一度だってしたことはなかった。
よしんば対峙した相手が素手であったとしても、自分では倒せないことなど明白である。

(助けてもらって…今はこの船にいるけれど、私はここには不釣り合いな人間よね)

むしろクルーの皆には迷惑しかかけてないわ、と口には出さず心中で呟いて、藍は
ひとつだけ溜息を吐いた。

自分が乗っているせいでクルー達が余計な気を回さなくてはいけなくなるようなとき、
藍はいつも同じことを思う。

浜辺で血を流して倒れていた人間を助けたところで、単なる荷物にしかならないという
ことなどあの聡明そうな船長なら分かっていたはずだ。

それなのになぜ、拾ったのか。

自分はローではない、いくら考えてみたところで答えなど出てくるわけがなかったが、
しかしながら藍は、どうしたってそのことを考えずにはいられなかった。

ロー本人が言っていたことを丸呑みにするならばただの気紛れだということだったが、
彼は間違いなく海賊のはずで、そんなことをするメリットはないはずなのに、本当に
そんな気紛れだけで人助けをするものなのだろうか。
それは、彼が一応は腕の立つ――あんなに深かった刺傷をきちんと縫合できるくらいなら
恐らくそうなんだろうという藍の勝手な見立てだが――医者であることに由来して
いるのだろうか。


藍の勝手なイメージではあるが、海賊というものはメリットなくして動くことなど
ないのだろうと思っていた。

しかしそのイメージ、もとい予想はどうやら当てはまらなかったようだ。

(海賊イコール悪いもの、っていうイメージは確かにあったけれど……考えてみれば、ベポやシャチ達には当てはまりそうもないことだわ)

いつも自分のところへ遊びに来てくれる騒がしいクルー達のことを思い出し、藍は
ひとりでくすりと笑みをこぼす。

「……何か楽しいことでもあったか?」

唐突に背後から声がしたが、藍は驚かなかった。

もう、ここに来て長い。
いい加減この神出鬼没な彼にも、慣れてこようというものだ。

「いいえ。ただの、思い出し笑いよ」
「……真っ暗闇眺めながらひとりで笑ってると、気でも触れたのかと思われるぞ」

呆れたようにそういう彼――トラファルガー・ローは、いつものようにあの長い刀を
担いだまま、つかつかと藍の隣までやってくるとベッド脇の椅子に腰を下ろす。
藍は黙って、シャツの裾をたくしあげた。

「……問題ねェな。自分で何か異常感じるか」
「いいえ、感じないわ。大丈夫よ」

ローはぺた、と傷に触れてじっと眺めたあと、藍に尋ねる。
藍は小さく微笑んで、ローに答えた。

「…お前は治癒能力が他より高ェみてェだな。これなら、明日抜糸できる」
「そう。…それなら、抜糸は明日?」
「あァ、明日の昼過ぎだ。昼飯食べ終わったら、そのまま俺の部屋に来い」
「わかったわ」

ガタリ、と音を立ててローは椅子から立ち上がり、藍はシャツの裾を下ろす。
そして藍は、医務室を出ていこうとするローの背中に「ありがとう」と一言
礼を言った。

「……毎度毎度、ただの検診で礼なんかいらねェよ」

一瞬立ち止まり、藍から顔が見えるか見えないか程度に振り返ってそう言ったローは、
それ以上何も言わずに医務室を後にした。








さよならまで、あと少し。
 

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