Law

□ep.18
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「次の島に着くまで、あと一週間の見込みだ」

親切にもそう教えに来てくれたペンギンに礼を言い、藍は医務室のベッドの上で
ぼんやりと考え事に耽っていた。

回復すれば部屋を用意するとあらかじめ言われていたが、あと一週間で島に着くのなら
それも必要のないことだ。
とりあえずといった風にペンギンは部屋を替わりたいか聞いてくれたが、さすがにそれは
申し訳ないので慎んで辞退しておいた。
というよりむしろ、聞くまでもないことだとも思う。
医務室で寝起きするのにも何ら不便はないのだし、たったの一週間を新たな部屋で過ごす
などただ手間なだけだ。

(あと一週間で……島に着く)

明確には伝えられなかったが――それはつまり、この船にいるのがあと一週間だという
ことを示している。
ローも、ペンギンやシャチなどの他のクルーの誰も自分の下船について何も話しては
こなかったが、自分が次の島で降ろされることくらい――降りなければならないこと
くらい、藍はしっかりと自覚しているつもりだった。

偶然にもローに命を助けられただけの無力な女が、いつまでも海賊船に居座っていられる
理由などどこにもない。
むしろ戦闘に関しては単なる荷物でしかなく、余計な気を回させる原因にしかならない
ような足手まといだ。
何も言ってこないのも恐らく、次の島で降りて当然という認識があったりするのだろう。

そして何より藍は、

あの晩のような迷惑を二度と掛けるわけにはいかないと――きつく己に誓っていた。

翌朝ローが自分の様子を見に来ていた時、昨夜自分がどんな状態だったかを忘れたように
振る舞っていたのは、これ以上自分がこの海賊団の余計な荷物になるわけにはいかないと
感じていたからだ。

あの日あの時見た夢を、ローに全て打ち明けて気持ちを軽くすることは簡単だった。
自分が抱えるものを、他人にいくらかでも引き渡して楽になることは簡単だった。

だが、自分はただローに助けられただけの人間で、怪我を治してもらえただけでも
充分すぎるほどの恩があるのに、果たしてそんな厚かましい真似ができるだろうか?
自分の問題でしかないこの"重り"を、まるで違う世界に住む彼に分け与えてしまうのは、
あまりにも横暴すぎるのではないか?

あり得ない偶然が重なって出会えただけの人間にどこまで甘える気なのだ、と――
藍は、その優しさに甘えたくなる心にストッパーをかけて必死に押し留め、何ともない
風を装ってみせた。

あの聡明そうな船長なら、そんな自分の小さな虚勢などとうに見破っているのかも
しれなかったが――それでも彼らに今以上の荷物を背負わせずに済んでいるのならば、
せめて次の島に着くまでの間だけでも今までの感謝を込めて精一杯の恩返しをしようと、
藍は心に決めていた。

そしてこれは可能性としてはかなり低い想定なのだが、もし次の島に着いたとき
この船から降りろと言われなくても、もし今後もこの船にいていいと言われたとしても、
藍は絶対に次の島で降りることを決めていた。

なぜかと聞くまでもなくその理由は単純明快で、やはり彼ら――ハートの海賊団の
荷物にはなりたくないという気持ちがひとつ。

そしてあともうひとつは、

たとえ次の島に降りて独りだけになったとしても、見知らぬ世界でたった独りになったと
しても、どうせ元の世界にだとて自分の居場所はないのだから、この際どこにいようと
どこで生きようと、どこで死のうと――自分の命が無意味に流れ、終わっていくことに
変わりはない気がしたからだ。


愛したひとのいない世界がいくつあってみたところで、もはや藍にとってその世界達に
色があるようには見えなくて、それならどこに住んでいたって結局は同じようにしか
ならない。
今ここで命を断ったとしても、要は同じことだ。


だけど、こんなにも優しくしてくれる彼らに迷惑は掛けられないから、今だけは元気で
やっているように見せたい――今はただ、助けられたことを恩に感じている藍のこの
気持ちだけが、藍の心と命を無事に繋ぎ止めている唯一の命綱であることに
気づいている者が、果たしてこの時、いたのかどうか。









カウントダウンが、始まった。
 

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