Law

□ep.23
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「こないねー……」
「こねェなー……」

良く晴れたその日、暇を持て余したベポとシャチは、甲板で釣糸を垂らしていた。

しかし、なぜか今日は魚たちの食いつきが悪く――二人の間に置かれた海水入りの
バケツには、まだたったの四匹しか入っていなかった。
朝から釣りはじめて、もう昼になろうとしているのに。

空間だらけのバケツの中では、釣られた魚たちが悠々と泳いでいた。

「あら……二人とも、もうお昼よ。食堂には行かないの?」

すると、洗濯物を両手に抱えた藍がひょっこりと甲板に現れ、二人に声をかける。

「ねー藍、ぜんぜんおさかな釣れないよー」

そしてベポが振り向いて、泣き言をいった――そのとき。

「あっ、おい……ベポ!! 引いてるぞ、お前の!!」
「えっ!?」

ベポの竿が、信じられないほど大きくたわみ――ぐんっ、と海の中へ引きずり込まれ
かけていた。

「わっ、ちょっ、これ重い!! シャチ、手伝って!!」
「お、おう!!」

ベポの力をもってしてもたわみ続ける竿はなかなか持ち上がらず、シャチが助けを
求められて、にわかに甲板は騒がしくなる。
シャチがベポの巨体に後ろからしがみつき、懸命に竿を持ち上げようとするのを藍は、
その背後から心配そうに見つめていた。

「こいつ、めちゃくちゃ重てェ……!」
「もーちょっとだよっ!!」

二人はぎゃあぎゃあと叫びながらも、必死に足を踏ん張る。
竿が持ち上がるかどうかというよりむしろ今は、竿が持ち堪えられるかどうかの方が
危うそうにも思えてきた。

「いくぞベポ!!」
「うん!!」
「おらァッ、……ふぁいっ、とおー!!」
「いっ、ぱーつっ!!」

シャチとベポが――どこかで聞いたことがあると思った方もいらっしゃるだろうが、
藍がスルーしたのにならって、ここはひとまずスルーしていただきたい――揃って
掛け声を上げて、大きくその上体をのけ反らせる。
そしてそのまま、ベポはシャチを下敷きにしてどでんっ、とひっくり返り、シャチが
「ぐえっ、」と呻き声を上げたのだが――そのときの藍の頭の中に、潰されたシャチ
への心配だとかそういうものは、一切浮かんでこなかった。
だがしかし、藍の中でシャチの重要度が低いとか扱いがひどいとかそういうことが
あるのかといえば、全くもってそうではない。
ただそのときの藍の意識は他のものに持っていかれてしまっていて、倒れた二人が
眼中になかっただけなのだ。

ではその"他のもの"が一体なにかというと、――ベポ(正確にはシャチと共同で)が
珍しくも苦労して釣り上げた、その"魚"である。

突如藍の目の前に飛び出てきたそれは、とてつもなく巨大な"魚"だった。
いや――これはもう、"魚"の域ではないのではないかと、"魚"とともに上から降ってきた
海水をもろに浴びながら藍は、そんなことを考えていた。

そして、どごぉんっ、と、甲板にものすごい衝撃が落ちてきた。










「海王類?」

全身をびしょびしょに濡らしてしまったのでシャワーを浴び、洗濯物をもう一度洗い
直して干したあと、突然そんな言葉を聞かされた藍は小さく首を傾げた。

「うん、そう。あれは海王類っていってね、たまにああやって釣れるんだ」

目の前でそういうベポもわしゃわしゃとタオルで頭を拭きながら、なんだか嬉しそうだ。

「じゃああれは、魚とはまた違った種類なのかしら?」
「そうだねー、さかなと比べたら、ぜんぜんお肉の味がちがうよ。どっちかっていうと、ウシとかブタとか、そんな感じかな」

ふうん、と言いながら藍は、すでに解体され済みで置かれている、甲板の上の海王類を
眺めている。

確かに見た目には、向こうの世界にもある動物の肉のようだ。
ピンク色の鮮やかな筋肉と、ほどよくついた脂肪が見える。

「これ、今日のばんごはんになるから、藍もいっぱい食べてね! すっごくおいしいから!」

やや興奮気味に、そのつぶらな瞳をきらきらとさせながらベポが言う。
藍はふふっと笑って、

「ええ、ベポが頑張って釣ってくれたものね。楽しみにしてるわ」

そういえばシャチは怪我をしていなかったろうかと、今さらになって心配になった。







三日前の思い出がひとつ。
 

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