Law
□ep.24
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「……シャチ、あなた二日酔い?」
「……おう…」
――昨夜の宴で飲み過ぎたようだ。
シャチは、朝から爽やかに広がる青空とは真反対に、どんよりと曇った顔色をしていた。
「自己管理がなっていない証拠だろう。薬でも飲んで大人しく寝ておけ」
ただし、明日の仕事は増やすからなと付け加えて、いつもと変わらぬ表情でペンギンは、
ばさりとテーブルの上に海図を広げる。
朝御飯ラッシュの時間帯にある食堂では、シャチ以外にも雨雲を敷き詰めたような顔色を
したクルーが、少なからずばたばたとテーブルに突っ伏していた。
「それにしても……あなたたちの宴って、あんなに浴びるようにお酒を呑むのね。酒樽を抱えて呑む人なんて私、初めて見たわ」
「それはただ単に、こいつが羽目を外しすぎただけだ」
むしろ感心したようにそう言った藍だったが、あっさりとペンギンに切り捨てられる。
それに苦笑してから藍は、はた、と何かに気づいたような顔をした。
「……そういえば、船長さんもペンギンさんも、気づかない間に結構呑んでらしたわよね。酒樽がいくつか空いてたけれど……もしかしてお二人は、酒豪なのかしら?」
――普段、ワインを数杯たしなむ程度しか呑まない藍からしてみると、この船のクルー
たちの呑みっぷりはそれはそれは常軌を逸した量であったのだが、それよりもさらに
多量のアルコールを、ローとペンギンは摂取していたような気がするのだ。
宴のどんちゃん騒ぎから離れたところに座り、二人静かに呑んでいたので目立っては
いなかったが確かに、二人の傍には、空になった酒樽がいくつも転がっていたのを見た。
「……まあ、船長も俺も…それなりにはな。少なくとも、こいつらみたいに悪酔いしたりはしない」
今度はペンギンが苦笑する番で、どちらかというと困ったように笑ったペンギンは
それから、「薬を持ってくる」と言って席を立った。
あれだけ呑んで翌朝もけろりとしているなんて一体、どんな肝臓をしているのだろうかと
一瞬思ったが、こちらの世界と向こうの世界ではそういう体の作りにももしかしたら
違いがあるのかもしれないということに思い当たって、藍はそれ以上考えるのをやめた。
そして、朝から元気よく騒いでいるベポに、しぃーっと人差し指を立てて唇に押し当てる
ポーズを見せ、静かにするよう促す。
二日酔いのクルーたちには、朝の大音量は辛いだろうからという藍のささやかな配慮だ。
(体の作りの違いといえば……もしかすると、身長なんかがそうかもしれないわね)
ふとローやペンギンやシャチや、他のクルーたちの姿を思い浮かべてみて、藍は思った。
向こうの世界では自分はわりと背の高い部類だったのに、こちらの世界の彼らと比べて
みれば、なんとまあ自分の小さいこと小さいこと。
自分と同程度の身長のクルーがいないわけでもないが、しかし平均的に見ると彼らは大きい。
(向こうとこちらと――世界観が違うだけかと思いきや、どうやらそうでもないようね)
う゛ー、と唸り声を上げるシャチの背中を優しくさすってやりながら、藍はテーブルに
肘をついて物思いに耽っていた。
「……何やってんだ、お前」
と、背後から突然声をかけられて、藍は驚く。
かといって、突然声をかけられたことに驚いたわけではない。
今この時間この場所で、普段聞くことのないはずの声を聞いたことに驚いたのだ。
「……船長さん」
藍の後ろで、愛刀を担いで立っていたのはローだった。
ローは、はァ……とこれ見よがしに溜息をつくと、透明な小瓶をシャチの目の前に
ことりと置く。
中には、白くて丸い錠剤が、半分くらい入っていた。
「ほら、これ飲んで寝てろシャチ」
「あ゛い゛……」
ぽす、と頭を軽く叩かれて、シャチは弱々しく返事をする。
そしてそのまま小瓶を手にしてふらふらと立ち上がると、覚束ない足取りで食堂から
出ていった――その一連の動作の間中、藍の目はローに釘付けだった。
「……何だ」
さすがのローも、間近でじっと見つめられていて平気なほど鈍感ではない。
よもや穴を開けられてしまうんじゃないかと思わず身構えてしまうほどに、藍の視線は
まっすぐにローを捉えていた。
「……まだ、朝よ? 船長さん」
そして、ようやく口を開いたと思ったらそんなことを言うので、
「……それがどうした。俺が起きてちゃ悪ィのか」
ローの眉間には、自然と皺が寄った。
すると、いつの間にやらローの背後に来ていたペンギンが、苦笑しながら注釈する。
「ああ、藍には言ってなかったが…船長は、満足に酒を飲むと翌朝の寝起きがいいんだ」
「…………」
一体、彼ら――もとい、ローの体がどんな作りになっているのか、藍が妙な関心を持った
初めての瞬間であった。
二日前の思い出がひとつ。