Law

□ep.25
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朝起きてすぐ、藍はその"異変"に気が付いた。

「あ、……ペンギンさん」
「ん? …ああ、藍か。相変わらず早いな」

部屋を出てうろついてみれば、薄暗い廊下にペンギンの姿があったので、藍は早足で
近寄っていく。
そして、おはようございますと一言挨拶をしてから、ペンギンに尋ねてみた。

「その…夜中に、何かあって?」
「ああ、まあ……そんな大したことじゃないが」

苦笑いだろうか、ペンギンは薄く口元だけで笑って、言葉を繋ぐ。

藍が、目覚めてすぐ感じた"異変"――それは、いつもそれなりに規則正しく揺れている
はずの船が、全く揺れていなかったこと。
そして、窓から見えていた真っ暗な外の景色。

「他の海賊船が――奇襲をかけようとでも思ったのか、近寄ってきてな。見張りがすぐに気付いて知らせてきたんだが…もうだいぶ夜中だったから、戦闘は避けて潜ったんだ」
「……そうだったのね。全然、気付きもしなかったわ」

どうやら――知らぬ間に、この船は敵に遭遇していたらしい。

確かに真夜中となれば、いくらクルー達だとて皆寝静まってしまっている時間帯だから、
戦闘にしてしまうのにはいささか抵抗があるだろう。
だがやはり、"戦闘は避けた"と言われると――藍は、その負い目を感じずにいられない。

この船のクルー達は皆、海賊なのだ。もとい、この船はれっきとした海賊船なのだ。
真夜中の、暗闇に乗じての襲撃程度のことならもちろん想定の範囲内だろうし、今までに
だって幾度となくあったに違いない。
そして、その度に戦闘を避けていたということなどは、まずあり得ないはずだ。
だとすれば、今回戦闘を避けたその理由は、原因は、自分にあるのではなかろうか。

たかが自分のためだけに、迂回路を――

――いや、違う。
そうではなくて、"自分のため"ではなくて。

戦闘の足手まといにしかならない荷物を抱えていては、自分達が危うくなるからだ。
戦闘を避けることが、荷物を抱えている自分達の身を守るための、最良の選択だからだ。
つまりは、"荷物"さえなければ、わざわざ迂回路をとらせてしまうこともない。

自分がいるせいで、彼らに余計な迷惑をかけてしまっている。
そう思うとやはり、藍はこの船に居候していることが申し訳なくて、うなだれてしまう。
あとわずかばかりの滞在とはいえ、何もできぬばかりか、ただ荷物にしかなれない自分に
溜息が出る。

「……藍」

すると、完全に落ち込でしまった藍を見かねたのか――ペンギンが、笑いながら言った。

「俺達が戦闘を避けることに、お前が負い目を感じる必要はない。襲われれば応じるしかないが、戦わないで済ませられるならむしろそっちの方が良いと俺は思う。余計な被害も出さないで済むしな」

ましてや夜中なんか、起きられない奴ばかりで戦えたもんじゃないと付け加えるように
言って、すれ違いざまに藍の肩をぽんと叩くと、ペンギンはそのまま操舵室へと向かう。

一人廊下に立ち尽くしてその背中を見つめながら藍は、意外なペンギンの優しさに小さく
笑みを浮かべると、せっかくだから朝御飯の時間まで海中でも眺めておこうと、部屋に
戻ることにした。







一日前の思い出がひとつ。
 

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