Law

□ep.27
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「藍、ほんとにいっちゃうの…?」
「ええ。いつまでもお世話になるわけにはいかないもの」
「けど……別に、こんな急じゃなくたっていいだろ? 次の島まで乗ってけよ!」
「…ありがとう、シャチ。でも、もう決めたのよ」
「そんな……」

ほんのわずかな荷物をまとめて下船準備を終えた藍は、甲板でクルー達に囲まれていた。

デジャヴな光景ではあるが、以前と違っているのは、困ったような顔をしているのが
藍ではなく、藍を取り囲むクルー達であるという点である。
突然藍が下船すると聞かされたクルー達の中には、驚きよりも先に、「やっぱりか」と
いう気持ちが表れているように見受けられる者もいた。

「本当に…みんな、今までありがとう。とても楽しかったわ」

このままでは埒が明かないと判断した藍は、もうおしまいとでもいう風にそう言い切る。
すると周りのクルー達は皆一様に口をつむぎ、中には俯いてしまう者までもちらほらと
出てきていた。
それを見れば寂しい気持ちや名残惜しい気持ちも湧いてきはしたがしかし、下船するのは
もうすでに決定事項だ。
ローにも挨拶は済んでいるし、今さら撤回しようなど無理な話なのである。

「…ベポ。そろそろ降りたいの、梯子を降りるのを手伝ってくださらない?」
「……うん、わかった」

少し困ったように笑いながら藍は、しょげたままのベポに荷物を渡す。
初めて見たこの梯子が思ったより急だったので、荷物を持ったまま降りるのは無理そうだ
と思い、ベポに荷物を預けて先に降りてもらうことにしたのだ。

ベポが軽々と梯子を降りていくのを見つつ、この梯子を使うのは今回が最初で最後に
なるわね、などとそんなことを考えていたら、後ろから声を掛けられた。

「藍、ちょっといいか?」
「……ペンギンさん」

気づかぬうちに自分の背後に立っていたのは、ペンギンだった。
名前を呼ばれ、藍はゆっくりとペンギンを振り返る。

クルー達の輪の中から一歩出た形で姿を見せたペンギンにいつもと変わったところなどは
何一つなく、むしろこの時の藍にとって、ペンギンが自然体でいてくれたことは大きな
喜びであった。

はっきり伝えることこそしなかったが――藍は内心、自分ごときが船を降りるくらいで
悲しい顔をしてほしくないと思っていたのだ。
もともといなかったはずの存在がいなくなって、本来のあるべき姿に戻るだけ、ただ
それだけなのだから、もっと普段通りの姿で別れてほしい。
何の因果かはたまた偶然かは全くわからないが、結果として手に入れることができた
楽しい思い出のその最後は、せめてクルー達の笑顔で蓋をしたい――それは、荷物にしか
なれないと縮こまり続けてきた藍の、小さくてささやかな願いだった。

だからこそこのペンギンの笑顔が、今の藍にとってはひどく幸せに感じられるのだ。

「お前に、これを渡しておく。……まあ、そうだな…餞別だとでも思ってくれ」
「…………?」

いつものように穏やかな笑みを浮かべながらペンギンは、片手で藍に茶封筒を差し出す。
それはずいぶんと厚みがあって、手に取ってみればずっしりとした重みが感じられた。

しばらくはそれを眺めて怪訝な顔をしていた藍だったが、やがてはっとしたように
表情を変えると、慌てて中身を確認した。

すると、そこには――

「…………!!」

束になったお札、こちらの世界の通貨であるベリーが、ぎっしりと詰まっていた。
それを確かに見た瞬間、藍の両目は驚きに見開かれる。

「……ペンギン、さん」

こんな大金、餞別だなどと――ただの居候だった自分には、身に余るものだ。

「その、ご好意は有難いのだけれど……こんなにたくさんのお金、受け取れないわ」

藍は参ったと言わんばかりに渋面をつくりながら、ペンギンに茶封筒を返そうと
両手でそれを差し出す。
が、今度は逆に、ペンギンが困ったように笑ってみせた。

「それを渡すのは俺個人の意思じゃなくて、船長からの命令だ。渡すのが俺の役目だから、返品は受け付けられないな」
「…ペンギンさん……」

ペンギンの浮かべた笑みは確かに柔らかかったが、なぜかその中にとてもまっすぐな芯が
あるように感じられて、ペンギンのその固い意志が、これっぽっちも曲がることなど
ないであろうことがひしと伝わってくる。
短い間の関わりであったが、それでも藍はペンギンの芯の強さを何度も見ていたから、
これは返そうとしても無駄だなということはすぐにわかった。

しかし、かといって簡単に諦めるほど藍の芯も弱くはない。

ふと何かに気がついた風の顔をすると、すぐにまた船内へと駆け戻っていった。


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