Law

□ep.2
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「……それなら今ここは、海の上?」

藍が尋ねる。

自分が居た場所は都会の公園で、周りに海など無かった筈だが、
もしかすると船を浮かべられる場所があったのかもしれない。
いや、海とも限らないか――川である可能性も十分にある。

以前、何かのテレビ番組で、ある国では川岸に船を浮かべて、陸に建てられた家同様に
そこで暮らしている人も多いのだとかいう話を聞いた。
それなら日本でも、同じ試みをしようという人は居るかもしれない。
そしてたまたまこの男性が、そういう試みをしている人なのかもしれないのだから。

「いいや。…正確に言うなら、海の“中”だ」

ところが、藍の考えていた川の可能性はすっぱりと切られ、代わっておかしな返答があった。

海に船があることは間違いでないらしいが、どうやら海面に浮かんでいるのではなく
海に潜っていると言っている様だ。
海の“中”というのなら、そう解釈するほかないだろう。

「海…って、どこの海かしら」

こうなっては最早、自分が居た場所の近辺には海が無かったなどと言っていても埒が明かない。
藍はその言葉を素直に受け止め、せめて自分が居るのが大体どの辺りなのかを把握しようとした。
だが実際、怪我人を拾って治療して海に潜る必要があるのかは甚だ疑問である。

「そうだな…大体、グランドラインの…秋島が近い辺りか」
「…………グランドラインの、秋島?」
「そうだ」

全く聞き覚えのない単語に、藍は一瞬頭の中が真っ白に染まった。

「……それは冗談でなくて、本気で言っているの?」

あまりにも非現実的なので一応聞いてはみたものの、
冗談だという可能性はほぼ無いに等しいと藍は既に結論を出していた。
目の前の男は、冗談を言ったにしては表情が変わらなさ過ぎるのだ。

「……冗談言ってどうする。そもそも、お前が倒れてた所からそう遠くはねェ」

やはり、冗談や嘘という訳ではないようだが――
“お前が倒れてた所”という言葉に、藍の脳は敏感に反応した。

「……私が倒れてたのは、どこかしら」

そう疑問を投げかけると、少しばかり男が怪訝そうな顔をした。
まあ、自分が倒れてたのが何処かなど――普通は聞くまでもなく
己が把握できているものなのかもしれない。
いや、倒れたりすること自体がそもそもおかしいのだろうか。

しかし、自分が何処で見つけられたのかくらいは知っておきたい。
“そう遠くない”というのならば、自分はここから程近くに倒れていた事になるが、
“グランドライン”なるものや“秋島”などは全く持って己の知識の範囲外だ。
恐らくその辺りから、今生じているこの矛盾が発生したのだと思う。
矛盾しているその原因さえ突き止められれば、納得もいくはず。

だが結局、藍の望むようには事は運ばなかった。

「……お前が倒れてたのは、一つ手前の島の海岸だ。腹から血流したままで、うつ伏せになってた。
 あとついでに言うなら、俺がお前を拾ってからお前が目を覚ますまで二日かかってる」

淀みなく紡がれたその言葉は、やはり藍にとってまるで現実味のない内容だった。









それならきっと、これは夢。
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