Law

□ep.11
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それから五分と経たぬうちに藍は落ち着き、ローは睡眠薬を飲ませて眠らせた。
藍が夢を見ることもなく深く眠れるように少しだけ願って、ベポ達三人をつれて
医務室を後にする。

「……船長」

後ろ手にぱたりと扉を閉めたペンギンが、先を行くローの背に声を掛けた。
カツカツと鳴らされていた靴音が、カツン…と一つ響いて聞こえなくなる。

「藍は……何故、精神錯乱を?」

昨日までなんともなかったのに。
そう言うペンギンの言葉には、愕然とした響きがあった。
確かに無理もない、藍のあの傷についての話を聞いていなければ、とても藍が
精神錯乱を起こした原因など思い当たりもしないだろう。
藍が錯乱を起こしたことに納得がいっている自分も、自分が藍の傷を診た医者で
あったからこそその原因を知ることができているのである。
藍が夜中に魘されているのも、何ら問題など無い筈の傷を押さえて
顔をしかめているのも、自分だけが知っていることだ。
普段笑みを絶やさない藍を見ていれば、重たい"何か"をその奥深くに抱えていることに
気づくことなど出来やしない。
職業(?)柄、他人の気配に敏感な自分達でさえもあの笑みからは何一つ
感じ取れないのだ。

「船長は、理由を知っているんですね?」
「……あァ」

自分の真後ろまでやってきた声に、やや視線を下に落としながら答えてやると、
ふぅという溜息が聞こえてきた気がした。
別に気のせいではなく本当にそうなのだが――如何せん、"溜息を吐かれた"ことが
癇に障るので気にしないことにしただけだ。

「怪我はもう、ほぼ完治しているんでしょう。どうするつもりなんですか?」
「…………」

ローはその問いに口を噤んだが、ペンギンの言わんとするところは良く分かっていた。
先程自分が考えていた事と同じだ。

精神的な問題を抱えている人間は精神科医にとっては"患者"だが、怪我をしているので
なければ外科医にとって"患者"ではない。
"患者"ではない人間を、いつまで船に乗せているのかと――ペンギンは、
そう聞いているのだ。
只でさえ気紛れで助けた人間だというのに、まだ抱えるつもりなのかと。

確かに、それは尤もな話だ。
見知らぬ女を拾っただけでも充分負担になっているし、自分等にとって本当に無害な
人間かどうかも実のところはっきりしていない。
ペンギンの様に楽観視したりしないクルーにとっては、単なる不安材料でしかないのだ。
異世界だの何だのいう話も、いくらグランドラインとはいえ胡散臭さがないわけでは
ないし、下手をすると政府側の手先ということもある。
考えれば考えるほど、あの女を船に留めておく理由は無くなっていく。

――だが。

ローは止めていた足を、再び前へと進め始めた。
カツカツと、靴音が小気味好く響く。

「――抜糸は一週間後だ。取り敢えず、次の島で下船させる準備はしとけ」
「……了解」

ペンギンがその場に立ち止まったまま溜息と共に返事をしたのを背中で聞きながら、
あぁこいつは分かっているなと、ローは思った。
――否、もしかしたらもう、最初の溜息を吐いた時から奴は分かっていたのかも
しれない。

俺に、










あいつを降ろす気など、更々無いことを。
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