Law

□ep.12
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それから女――藍と名乗った――は、医務室で寝泊まりさせることにした。

生憎とまだ動き回れるほどには回復していないし、定期的に傷を診る必要があったから
医務室の方が都合が良かった。

藍の所へ足しげく通うようになったのは、シャチやベポといった楽観的なクルー達だった。
拾われてきた藍をあまり深くは警戒せず、むしろその体調を心配して行くような奴らで、
そのお陰か藍は殆ど退屈することなく、大人しくベッドの上に収まっていた。

本当に異世界人なのだとしたら藍はこの世界で確実に独りな筈だったが、
藍が笑みを絶やすことはなかった。

藍がクルー達と遊んでいるのを見たことは何度もあったが、藍の笑みの下に
あるであろうものを見透かすことはできなかった――この俺でさえ。

たかが一人の女の、浮かべられた笑みの裏が分からなかったことなど
ただの一度も無かった。
そしてそれ故に、藍は益々俺の興味を掻き立て、俺はこの女の持つものを、もっと
晒け出させてみたいと思うようになった。

そしてその矢先、藍が異常なほどに"痛がっている"のを見た。

傷に、異常はなかった。

藍は俺に何も言わなかったが、その時俺は藍が隠し続けて、今も奥深くにしまって
見せようとしないものを、見つけたと思った。

感じたのは、ささやかな満足感。

いつも飄々としていて笑みは外さず、決して相手に踏み込ませないような言葉を操り、
それでいてその裏にある"何か"を匂わせる。
だがやはりその"何か"を見せない藍の"何か"が、特定できた。

それだけで俺は、気分を良くした。

しかしそれと同時に、何やら苛立つものが己の内にあるのにも気が付いた。

あの飄々とした女が、不思議な程に内側を見せない女が、あれほどまでに
抱えて離せずにいるものがある。
その事実は、俺の何処かに引っ掛かって揺れていた。

久しぶりに興味をそそられた女の心は、これっぽっちも自分に向いていない。
否、この世界にさえも向けられていない。
夜中に細く呟かれるユウキとかいう奴で、今この世界に居ない筈の男で埋まっている。

それが、俺には気に入らなかった。

あんなに清々しい女など、そうは居るものじゃない。
それなのにたった一人の別の男に縛られて、せっかくの美しさを失いかけている。

――あいつは、あんな男に縛られるべき女じゃねェ。

そう思ったその瞬間から、俺は藍を手放す気は無くなっていた。










知らず知らず、口許には笑み。

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