魔人探偵脳噛ネウロ/パラレル
□CANDYD『少女二人』
1ページ/5ページ
雨の音が邸内を満たしていた。暗がりを照らす外灯の下を吾代が何かを抱えて歩いて行く。水を含んだ芝生が彼の足元を濡らすものだから、些か気分を悪くしながらそれでも荷物だけは濡らすまいと両腕で抱え込むようにして足早に庭先を横切った。
広い敷地内の真ん中に位置する邸宅の隣り。こじんまりとした白い建物にアカネは寝起きしていた。
それは父の住まう本邸は彼の部下が往来し、夜もしばしば喧騒に包まれる事があったので、年若い娘には煩いであろうと考慮した末の事であった。
玄関先で体に付いた雫を振り払い荷物を抱え直す。雨から守ろうと抱きしめてしまったせいで、毛布の間に挟んだ紙袋には不自然な皺が寄ってしまっていた。
ま、中身が無事ならいいか
ぼやきながらそっとドアノブに手を掛ける。いつもならばノックをしてアカネが出迎えるまではそこで待っていたのだが、今日は先に一度訪れていた為なんの躊躇もなくドアを開けたのだった。
室内に入ってすぐの左、アカネの寝室から淡い明かりが漏れている。家人の在宅を問うでもなく、自分の来訪を告げるでもなく、吾代は当たり前のように彼女の寝室のドアを押し開けた。
吾代が来たことに気付いたアカネがベッドの中でもそもそと身じろぐ。そのままで居ろと窘める彼の声を無視して起き上がろうとすれば、途端に眩暈がアカネを襲った。
「だから起きるなって」
ふらつく彼女の体を、慌てて近寄った吾代が支えてやりそのまま寝かそうとしたのにも係わらずアカネは起きるといって聞き訳がない。仕方が無いのでベッド脇のイスに投げかけてあったカーディガンを羽織らせると、自分はそのイスに腰を下ろした。
アカネの目元がうっすらと紅い。熱のせいで潤んだ瞳が吾代を見るとほっと安堵の色を浮かべた。
今日の午後あたりから体調を崩してしまったのはきっとストレスのせいだ、と自己診断をする。先日、父に伴って揚と会って以来どうにもイライラと鬱憤が溜まっていたのは、あの男の向けてくる好色な視線のせいに違いなかった。
だがそれを父に言った処で、早乙女は意に介さずと取り合ってくれないのも分かっていた。
昔からそうだった。
一見優しい父だが、娘である自分とはどこか意思の疎通が上手くいかないと言うか、こちらからの要求を汲んでもらった試があまり無いのだ。
大切にされているのは理解していたが、常に親子としては距離があいている気がしていた。
そんな父親にいつの間にか失望したのか、自分の気持ちを打ち明ける術を閉じ込めてしまったアカネは、代わりに一人で自己解決する事を覚えていった。
今回の件だってそうするつもりだったのだが、どうやら頭で整理する前に体が悲鳴をあげてしまったらしい。
「寒くないか?」
「ううん、平気」
心配する吾代の目に、平然を装うとする姿が痛々しく映る。どう見ても平気とは思えないのに何故この少女は誰にも縋ろうとしないのか。
問いただしてもその答えをアカネがくれない事は知っていた。
知ってはいたが、それで納得してしまってはこの子が壊れてしまうのではないだろうか?
「‥社長と揚に何を言われたんだ?」
「!」
的を射抜いた質問にアカネが弾かれたように体を震わせる。そんな姿を見た吾代は胸にどうしようもない苦さがこみ上げてきて、思わず彼女を抱き締めてしまった。
「吾代さ‥」
「いつまで一人で悩んでるつもりだ?」
あの夜の事は知っている、と続ける吾代の腕に力が篭る。こんな少女を交渉の道具に使おうとしている大人達の卑劣さに反吐が出る思いだと告白する吾代に、アカネは初めて味方を得た気がして強張った体を少しだけ解くとおずおずと目の前に置いたままになっていた紙袋に手を延ばした。
「ゼリー買って来てくれた?」
「アカネ‥」
それでもまだ、どうやら話をはぐらかそうとしているらしい。話したところで事態がどうなる訳でもないのは明白だと分かっているのに、今更何を愚痴ると言うのだと言いたげな態度が彼女を余計にいじらしくみせる。
「‥逃げよう、アカネ」
菓子を持ったアカネの手に自分の手を重ねると、吾代は存外力の篭った声で囁いた。
.