nov5
□今日もあなたに堕ちていく
1ページ/1ページ
至福の時というのは人が思っているよりも案外すぐ近くにあるものだ、と以前だれかが笑って教えてくれた。
案外そうなのかもしれない。
今こうしてソファの上、パウリーの隣に腰を下ろして、ごつごつとした肩に頭を預けて何もせずにぼーっと過ごしている時間だとか。
私にとってはこんなときが、案外至福の時なのかもしれない。
前は苦手だった葉巻の匂いも、いつしか私の体にまで染み付くようになってからは、これも彼の一部なのだと愛しく思えてきて。
そういうちっぽけなことで構わないのだ。
彼を独り占めしようだとか、私だけを愛して欲しい、なんて我が儘は言わない。
ただそう、例えば今この瞬間だけは、彼も私と同じようにちっぽけな幸せを感じてくれていたら、それでいい。
「ねぇパウリー、」
「なんだ?」
「この前カクさんから教えてもらったゲームなんだけどね、」
「ゲーム?」
「うん。"すき"って十回言ってみて」
そう口にすれば、訳が分からないと顔をしかめながらも素直に「すきすき‥」と呟き始める声が聞こえた。
「‥‥すきすきすき。‥‥十回言ったぞ。」
「うふふ、うん。私もすき。」
「‥‥はぁっ?!ちょ、お前なぁ‥‥」
ちらりと横目で見上げると、耳まで赤くなったパウリーが眉間に皺を寄せて睨んでくるのが可愛くて、込み上げてくる笑いが止まらない。
呆れたように「ったく‥」とぼやく彼は、それでも私の贔屓目で見る限りどこか嬉しそうだ。
不意に伸びてきた右手に、ぶっきらぼうに頭をぐしゃりと撫でられる仕草は、いつもの彼の照れ隠しだとわかっている。
その無骨な手のひらから伝わる温度が心地よくて、そうしてまた私の、案外近くにある至福の時が増えていくのだ。
今日も、明日も、またその次の日も。
パウリーの感じる至福の時に、ただ隣にいられたら、それでいい。
end
(企画「Love!」様に提出)