nov1
□たくさんの愛3
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彩子が制服に着替えてから体育館の戸締りをしに戻ってみると、そこには自分の可愛い後輩と憎たらしい後輩の姿。
まだユニフォーム姿の流川は、かなり高い位置からなまえをじとりとした目で見下ろしていた。
負けじとその彼女も流川をむっとした表情で見上げていて。
思わず、「お、喧嘩か?」と少しうきうきしながら彩子は2人に近づいた。
「なぁーにやってんの?」
「あ、彩子さん!」
彩子の声に振り返ったなまえの顔が、少し赤くなっていることに気づいて、彩子はあらら、と目を見開いた。
「ちょっと流川、なまえいじめるのやめなさいよね。」
「チガウ、いじめてない。」
呆れたように仲裁に入る彩子に、流川も口を尖らせて言い返す。
どうしたものか。
「ふぅ‥‥何があったわけ?」
盛大にため息をついてなまえを見ると、「聞いてくださいよぉ!」と腕にしがみ付く姿に、何か小動物の姿を思い浮かべながら「落ち着いて」となんとかなまえを宥める。
その間も流川はつまらなさそうにボールを弄っていた。
「流川君が、私のこと自転車で送るって言うんです!」
自分を半ば涙目で見上げてくる可愛い後輩の言葉に、「は?」と耳を疑う彩子。
「それのどこがいけないのよ?」
なまえの嫌がる理由が全く読めず、彩子がそう問い返し、それを聞いた流川もうむうむと同意するように頷く。
その2人の行動になまえは「えぇっ?!」と驚き、「だめに決まってるじゃないですかっ!」と首をぶんぶん振った。
「なまえ落ち着いて、ほら。」
「こいつ歩くのおせーから、自転車に乗っけた方がはえー。」
「うぅ‥‥。」
追い詰めるように言う流川の言葉に、首を竦めて唸るなまえ。
「自転車なんて、たかが後ろに乗るだけよ?」
怖くないじゃない、と見つめる彩子になまえは「違うんですっ」と両手の動きも合わせて否定する。
わたわたと焦る彼女に、彩子も流川もどうすればいいか分からず途方にくれてしまう。
「あーもー、まどろっこしいわね!」
わりと短気な彩子の性格。
まどろっこしいことは嫌いなのだ。
叫んだ先輩になまえはビクつき、何が不満なの!と詰め寄られて思わず小さくなりながらも必死に彩子の質問に答える。
「あ、あの、後ろに乗ると、その、」
ち、近い、じゃないですか‥‥
消え入りそうななまえの言葉を辛うじて聞き取った彩子は、照れているのか赤く顔を染めるなまえを見て、ようやくその意思を読み取ることに成功した。
一方流川と言えば、先ほどの蚊の鳴くような声をかすかに聞いたものの、未だに嫌がるなまえの気持ちも、にやにやした彩子の考えも全く分からないでいた。
「恥ずかしいのよね?なまえは、」
恥ずかしい?
流川は満面の笑みで言う彩子の言葉に首を傾げながら、隣に突っ立っている当の本人を見ると、必死な顔でこくこくと頷いているなまえに「おや?」と思う。
流川もようやく気づいたみたいね‥‥‥
ひとりその状況を楽しむようににやりとした彩子は縮こまるなまえの肩を抱き寄せてさも楽しそうに話しかけた。
「なまえちゃんは男に免疫がないってわけね!」
彩子の言葉にばっと顔を上げると、なまえの頬は更に赤みを増し、その様子に流川も「なるほど、」と合点がいったようだ。
彩子はまだまだ腕の中の可愛い後輩を困らせたい様子で。それを見て初めて流川は、この先輩は恐ろしい‥‥と思ったという。
「でもなまえ、」
そんなんじゃ、リョータと手も繋げないわよ?
耳元でからかうようにぼそりと呟いてみせると、大きく飛び跳ねる体に、彩子は新しい玩具を見つけた、とひとり笑いを堪える。
「じゃあまぁ私は帰るから、戸締りよろしくねぇ〜」
未だ硬直状態のなまえの頭をぽんぽんと撫でてから、鍵を流川に手渡し、そそくさと帰っていく彩子。
その帰り際に見たいかにも楽しそうな悪魔の顔に気づいたのは流川だけで。
(恐ろしい‥‥‥)
背中がぞくりとする感覚に身震いしてから、「帰るぞ」となまえの頭をぐしゃりと撫でた。
「‥‥っ、あ、あいあいさー!」
ようやくフリーズ状態から回復したのか、「さー、帰ろ帰ろ!」と恥ずかしさを隠すためにわざと大声を出すなまえに、流川は少しにやけてしまって、急いで部室へと向かった。
「あ、門のとこで待ってるねっ」
背中から聞こえた声には振り返らず手だけ上げた流川は、歩きながらふと思った。
(自転車が嫌なら先に帰ればいいのに。)
無理やり誘ったのは自分の方で、しかも嫌な自転車で送られると分かっているのに、律儀に校門で待つなまえの姿を想像して思わずぷぷっと笑う。
(変なやつ。)
からかいがいがあるな、と考えたところで、なんだか自分の思考が彩子に似てきたと気づいて、咄嗟に頭を振る流川であった。
end