nov1

□初めて喋った君
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俺の後ろの席に静かに座ったのは、ずっと気になっていた人だった。

話しかけようか迷って、何を言おうか考えてみたけれど、話題がない。

うーん、と頭を捻っても、頭に浮かんだのは、彼女のことを初めて聞いた時の記憶だった。











「あれ、」

花道、お前掃除当番は?


意気揚々と教室を出て行く花道に、後ろから問いかけると、「なんか、」とにかっと笑って「来なくていいって言われた!」とVサインを作る。


「来なくていいったって‥‥」


確か、掃除当番は月ごとの交代制のはずで。場所ごとに2人1組で担当することになっていたから、そうなると、


「もう1人の奴、1人で掃除済ませるわけ?」


ただでさえ面倒な掃除を、花道に来なくて良いとまで言って1人でしたがるなんて、よっぽど変な奴なのかと思って、それでもとりあえず「なんで?」と眉を寄せてみて、同時にやっぱりか、という思いもあった。


お世辞にも、「良い人」という部類には振り分けられるはずのない俺たちを、敬遠している奴らはいっぱいいるし、今までもそんなのは日常茶飯事で、それを気にしたこともなかった。


(でもなぁ‥‥)


高校に入ってからは、喧嘩とか騒動とかは結構抑えてきたつもりだった。部活に熱を入れ始めた花道のため、目立つことは極力避けてきた俺たちにとって、やっぱりその拭えない「ワルモノ」のイメージに、少しばかりため息が出る。


(良い人って思われたいわけでもねぇけど‥‥)






「なんか、同じ掃除場所のみょうじさんって人が、」


歩きながら答える花道に思わず「え、女子?」と間抜けな声が出た。


まさか、そんなことを言う女子がいたなんて。驚いて、その名前の主の顔を思い出そうとしても、なぜだか全く思い浮かばない。そんな目立たないような人が、花道をそこまで邪険に扱えるのか、と心底驚いた。


「うん、それでそのみょうじさんが昨日、」


思い出すように宙を見上げて、花道は楽しそうに続けた。










「あの、さ、桜木君‥‥、」


「む?なんでしょう。」


「あのね、明日から、別に掃除、来なくてもいいよ、」


「ぬ?でも、それではみょうじさんが1人に‥」


「私は別に、大丈夫、」


「いやしかし‥‥」


「桜木君、部活に行きたくてうずうずしてるみたいだし‥‥」


「え、」


「それに、ここ、階段下だから、そんなに大変じゃないし‥‥‥だから、ね?」








想像もつかなかった答えを花道がぺらぺら饒舌に喋るもんだから、なかなか思考が追いつかなかった。つまり、要するに、一緒が嫌だと言われたわけではなく、バスケを頑張って来て、と言われたわけか‥‥。



「それで、週に1回は掃除を手伝うってことに決まった」


へへ、いいだろ、と人差し指で鼻をこする花道に、間をおいて「そうだな」と返した。



名前を辛うじて思い出せるほどの、あまり目立たない彼女の珍しい一面を見た気がして。


なんとなく、頭の隅に引っかかっていた。











それからというもの、たまに花道とすれ違う彼女がぎこちなく笑うところや、隣の席の女子と緊張したように話すところを遠巻きから見つけては、どんな人なんだろうと思ったけれど。


(まさか、こんなにも早くそのチャンスが来るなんてな、)


1ヶ月ほど前の記憶に、なぜだか思わず緩む頬を慌てて引き締めると、妙に背中に神経が集中した。


(何を話そう、)


普段なら花道と変わらないほど饒舌な自分のくせに、こんなときに限って話題のひとつも考え付かないことに呆れて、いやそこまで深く考えなくてもと思い、「ふ、」と笑いがこぼれた。


(なんか、何でもいい、適当に)







「ねぇ、ここ予習した?」



いきなり振り向いた俺に一瞬驚いて固まったみょうじさんの、「え、」と慌てて発した声が、ひどく耳に残った。




end


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