nov1
□わがままなんです、結局は
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「おはよう」
かたり、と椅子の音がして、教科書から目を上げると水戸君が笑ってた。
今日も、こうして笑って話せることが、本当に幸せで。
けれど、もしかしたら私は、この幸せな時間を享受しすぎなのかもしれない‥‥そう思ったりもするのです。
がやがやした休み時間、いつものように体をこちらに向けて机に肘をつく水戸君が眠そうにあくびをしたのを笑って、他愛のない話をしていたとき。
「洋平〜」
一際目立つ、甲高い声がした。
「遊びにきたよ〜」
「はぁ‥‥‥何しに来たんだよ。」
呆れたように私の後方へと目をやる水戸君につられて振り返ると、なんとも可愛らしい女の子が、2人。
「この子が久々に洋平に会いたいとかって言うから連れてきたの!」「はぁ?こないだまで同じ学校にいただろ、」「え〜ひど〜い」
そんな風に流れる会話をただぼーっと眺めていると、女の子の1人が私に気づいてにこりと笑った。
(え、私‥‥?)
「あ、みょうじさんでしょ〜?知ってる〜」
「え、えと、はい、‥‥‥え、」
知ってる‥?
知っている、と言われて、驚かないわけがない。だってこんなにも人見知りな私が、目立つわけないから。
「あの、」と理由を聞こうとした私をその女の子が遮って「あ、私ね」と言った。
「洋平の元カノなの、よろしくね、」
首を傾げて笑いかけてくるその女の子に、私よりも先に反応したのは水戸君で。
「おいっ!」
焦ったように咎める視線を送る水戸君に、いつの間にか開いていた口が塞がらなかった。
元カノ、かぁ‥‥
そう聞いた瞬間に、なぜだか胸が、痛くなった。
それは、自分でもわからない感情で。
「じゃあまた来るね〜」と、手を振って教室を出て行く女の子の声にはっと気が付いて水戸君を見ると、なんだか複雑そうな顔でふぅ、と息を吐いていた。
かける言葉が、見つからない。
(‥‥‥何を考えてるんだろう、)
今まで親切にしてもらってばかりで、私のほうは水戸君のことなんて、これっぽっちも知らなかったんだなと思うと、余計に、寂しくて。
それでも、それはもしかすると当たり前のことなのかもしれない。
こんな風に優しくしてくれる水戸君は、彼からしたらそれは誰にでもそうなのであって、私だけが特別ってわけでもなんでもないのかも。
そう考えて、あれ?と思った。
特別‥‥‥トクベツ‥‥、
(私は、私が特別だと、思ってた?)
水戸君の、特別‥‥‥
「特別」という言葉だけが頭を廻って、思わず咄嗟に頭を振ると、今まで黙って床を見つめていた水戸君がこっちをちらりと見た。
「‥‥‥ぁ、さっきの、」
「あぁ、あいつらね」
何か話さなきゃ、と思って口をついて出た言葉に、水戸君の眉がぴくりと反応したのに気づいて、思わず言葉に詰まった。
彼女だったんだね、とは、なぜだか聞けなかった。
代わりに黙りこくった私にふっと笑って、「うるせーよな、朝から、わりぃ」と謝ってくる水戸君に、首をふるふると振る。
違う、違うんです。
謝らなきゃならないのは、私のほう。
今まで、こんな私に優しくしてくれる水戸君にとって、私はいつの間にか特別になれたような気分に浸っていて。
くれる幸せの数だけ、私は舞い上がっていたのです、きっと。
それが水戸君の特別なんだと。
水戸君は、私の中でそんなにも大きな存在で、それでも。
あなたにとって私は、みんなの中の1人でしかないと改めて気づかされて。
(当たり前のことなのに、)
水戸君を知らなかった頃からすれば、みんなの中の1人になれることさえ、すごくすごく嬉しいはずの私は、今
水戸君の特別に、なりたい、とまで思ってしまったみたいです。
(わがまま、ですよね)
end