nov1

□煙草
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煙草をやめられない理由は、なにもニコチンのせいだけじゃない。



自分自身が無意識に、その煙たさを必要としているのも、事実で。








今日もまた、いつものように体育館をのぞく桜木軍団。たまには中に入ってちゃんと応援しろよ!と喚く花道の言葉に「へーへー」と頭を掻きながら靴を脱いで冷たい床を踏む。



時折見せる面白い花道の行動に洋平や大楠、高宮はもっとやれと囃し立て、その後ろで、なまえと野間は体育館の壁にもたれてその光景をぼーっと眺めている。




ふいに、野間が口を開いた。



「なぁおめー、へーきなの?」





「なにが?」




意味が分からず眉をひそめる彼女に野間は、体育館の入り口を指差して「あれ」と呟く。


見やるとそこには花道の想い人。


気づいて、花道を見ると、いつ晴子に気づいたのか顔を赤らめている。






「なに、忠知ってたの。」




別にどうってこともないように晴子から目を逸らして、なまえは足元に目をやる。


隣で「おう」とこれまたどうってこともないように答える野間に、何が言いたいんだ、と思った。




「おめーらも、大変だな、」



そのなまえの考えを読んだのか野間が言葉と共に息を吐き出した。




「おめーらって‥‥、洋平のこと?」


「お、そっちはわかってんだな。」


「そっち?」


「いや、やっぱり目に入るモンしかわかんねーんだなーと思ってよ。」



「何よ、それ」




私は花道が好き。そしてきっと洋平も。お互いにその気持ちを言い合ったことはないが、空気で分かる。




「洋平も花道を好きってコト?」




忠もそのことを言っているのだろうか、と思って、思わず口をついて出る言葉に、自分でも変な気持ちになり、顔をしかめた。



そんな彼女に苦笑いしながら野間がぼそりと呟いた。






「俺、おめーのこと好きなんだぜ。」




知らねーと思うけど、と笑う。












「え、」



途端に口を開けたままぽかんとするなまえに追い討ちをかけるように「大楠と高宮もな、」と付け加えると、目が更に大きく見開かれた。





「やっぱり気づいてなかったか。」





ずっと見てきた彼女は、ずっと花道を見ていた。そんな彼女は、洋平も自分と同じ立場であることに気づいているはずだ。なんせ見ているモノは同じだから。












「っふぅー‥‥‥、」




驚きの事実に頭がパンクしそうななまえは盛大にため息をつくと、壁にもたれてのけぞる。


ごつん、と結構痛そうな音がしたが、それすら気にならないようで。というか、痛みによって意識をより鮮明にしているのかもしれない。


隣で「うーん」と唸る彼女の声を聞きながら野間は、喋り過ぎたか、と少し後悔した。







花道を羨ましいと思わなかったと言えば嘘になる。それでも花道に敵うとは思わなかった。



ただ、花道を見る彼女を見て、悔しいと思ったとき、自分のそのもやもやとした気持ちの正体に気づいたのだ。





「いつから?」



幾分か落ち着いたらしいなまえの問いかけに「さぁな」とぼんやり宙を見て答えると、「ふーん」と素っ気無く返ってくる言葉と、肩にかかる彼女の頭の重み。




「俺にしとけよ、とか言わないんだね」




なまえの言葉に思わず吹き出しそうになるのを堪えて、似合わねーだろとつっこもうとするのを「まぁ、」と彼女が遮った。




「そーゆー台詞の後って、絶対うまくいかないもんね、」


ドラマでも映画でもさ。








頭を起こして、花道を見つめるなまえの視線はとてつもなく綺麗で。何を考えているのかは分からないけれど、とにかくその瞳から目が離せない。


いつだってあの瞳が花道を見ていることには、もうとっくの昔に気づいている。自分だって、ずっと見てきたのだから。





「私たちって、ほんと報われないね。」


「おー、」


「花道は、ずば抜けて綺麗だもんね、」


「おめーの方が。」


「‥‥でも、花道はまっすぐだよ、」


「それはおめーや、洋平が我慢してるからだろ、」


「‥‥‥それを言うならあんたたちもじゃん‥、」







あぁ、


私たちは抜け出せないのだ、どうもがいても。綺麗にはなれないのだ、花道のようには。


忠が言うように、がんじがらめになっているのはその我慢のせいなのだろうけれど。それでも花道を好きだから、壊したくはない。





「煙草くさい‥‥」





もう一度野間の肩に頭を擦り付けて呟くなまえが、「花道と違うにおい」と続けた。


途端に、花道は自分達と似ていて、それでも似ていないのだと野間は改めて思った。



今まで自分達と同じように過ごしてきたはずなのに。バスケを始めてから花道は、どこか自分達とは違っているのだ。その違いは歴然で、だからこそ敵わないんだと知った。




「煙草やめたらおめー、」



俺を好きになるか?




そう、言おうとしてやめた。なまえの視線に気づいて、ふと視線を逸らして花道を見た。今の彼女がどんな顔をしているかなんて見なくともわかる。だから見たくはなかった。



目線の先で、赤い頭が素早く動いていた。いかにもスポーツマンなそいつは、自分には到底まねできないものをたくさん持っている。そう、今自分の隣にいる、彼女の心さえも。





少し間が開いて、切なそうに彼女がぽつりと言った。





「やめないでよ、煙草、‥‥‥‥煙たいほうが、辛くない。」




そうだ。なまえも俺たちと同じなんだ。それに気づいて思わず口元が緩む。




「そうだな‥、」











煙草をやめないのは、視界をぼやけさせるため。

見たくもないものを消すため。

花道との違いを、肌で感じるため。


その違いに痛みすら感じて、漸く見つけられるのだ、花道と自分達の境界線を。







なまえの腕を掴んで、体育館を出ようとする野間に洋平たちが気づき、どこへ行くんだと尋ねる声に、振り向かずに「ちょっと一服」とだけ手を挙げ、外に出た。





あの狭苦しい体育館は、なんとも息苦しい。
清々しく青春の文字がぴったり当てはまるあの場所に、自分達は似合わない。








だからまた、そっと煙草に火をつけたくなるのだ。





end


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