nov1

□たからもの
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「赤ちゃんができたの」


そのたった十文字の言葉の破壊力は、想像を絶するものだった。





なまえの腹の中に、新しい命が宿ってから半年。

みるみるうちに大きくなった彼女の腹と同様に、俺の期待も風船のように膨らんだ。


毎晩仕事から帰ると、玄関で出迎えてくれるのは妻と、俺の子供。

たったそれだけの事実で、胸が躍った。



「まだかな」


「え、なにが?」


くすくす笑いながらそう尋ねるなまえは、大方俺の言いたいことが分かっているんだろう。

当然有り得ないとは分かってはいるけれど。

それでもやっぱり、待ち遠しい。



「こいつ、早く生まれてこねーかなーって」


「やだ、女の子だったらこいつじゃなくてこの子、じゃない」


「絶対男だって」


「なんでわかるのよ」



愛しそうに自分の腹をやんわりと撫でる彼女は、その中にいる男かも女かもわからない小さな塊に、「ねー?」と問いかけた。


本当は、性別なんてどうでも良かったけれど。

これから出会う子供の話題は尽きることがなく、むしろ俺たちの会話の内容はそれしかないと言っても過言じゃなかった。




喧嘩に明け暮れていた中学の頃には考えられないような自分が、今ここにいる。


初めて、尊いと思った。


隣で囁くようにお腹の子に語りかけるなまえも、その中に宿る命も、この時間も、家も、日常も、全てが、かけがえのないものだと気づいた。



「ははっ‥‥‥おめーはすげーなー」


「ん?」


「いや、なんでもねー」



なるべくゆっくりとした動作で、ぼこりと膨らんだ腹を撫でると、手のひらにじんわりとした熱を感じた。


その俺の手に重ねられるように置かれたなまえの手。


視線だけを彼女に向けると、彼女も俺を見ていて。


ふと笑った。



「これからよろしくね、パパ」



途端に目頭が熱くなった俺は、ごまかすようにそっぽを向いて、ただ素っ気無く「おう」としか返せなかった。






end


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