短編1

□囲い込む
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「結婚するんです」
「は?」


だらしなくそう言い放ったのは目の前の青年に対してだった。この男との取引はもうここ数年で頻度がまし、つい先日彼を自分の管轄下に置いたばかりだ。確か年齢は23だったか、それ以下だったのかは定かではない。いささか賢すぎる餓鬼である。


「四木さん、俺、結婚します」
「…そうですか」


聞き取れていないと思ったのだろうか男はひとつひとつの単語を放つ。確か自分の記憶ではこの男はこんな風に笑う男ではない。外見は良いのに黙っていれば良いものをぺらぺらと仮面を張り付けて話す、いつもの胡散臭い彼はどこにもいなくて、代わりにそう、…まるで花のように優しく、ふわりと目の前の男は笑った。


「意外ですか?」
「…まあ、こんな世界に全身どっぷりと浸かっている貴方が、…」
「四木さんも同じですよ」


またふわりと笑う。
彼の顔は本来こうして使われるべきなのかもしれない。


「相手は俺の仕事も知ってますが、まあこんな世界に間違っても入らない子で」
「……」


どうやら今日の彼はいささか機嫌がいいらしい。プライベートのことなんて全く話さない、いや興味はないが、こうもまるで子供のように話を聞いてほしいように話す姿を誰が想像できるのだろう。新宿を拠点に活動する有力な情報屋。眉目秀麗という言葉を具現化したような痩身の美青年。今の彼がどちらかだなんて考えるまでもない。


「なかなか強情で、まあまたそこが可愛いくて」
「貴方にもそんな感情があったとは」
「…否定はしませんよ。気づいたときは戸惑いましたが、せっかく芽生えた感情ですし…頑張るしかなくて」


ああまるで女学生の恋愛話のようだと思う。どうやら今日の彼はもうこれ以上仕事の話をする気はないようだ。ならば自分はできるだけ彼の情報を引出し、もしものときのためにとっておいて損はないはずである。…いささか好奇心が勝っているが。


「失礼ですが以前、貴方と一緒にいた方ですしょうか?」
「…ああ一度四木さんとすれ違いましたね。その子で間違いないです」


記憶に新しい。横に女性を引き連れて歩く彼の姿は目立っていた。それはその名前のせいでもあるし、容姿のせいでもあるし、何より隣にいる女のせいだった。特に記憶に残らない女だった。名前も知らない、容姿も目立ったところもない、ただ悪目立ちをする男の隣にいた。それだけのことだった。現に今彼女の顔を思い出すことができない。


「危険な賭けですね」
「ええ、わかっています。自他共に俺は目立ってると理解しているつもりですよ」
「こんな世界です。彼女に何かあったら?」


別に脅しのつもりはなかった。
ただ、闇しか知らない男が、恨まれていることを自覚しているこの男が愛しているであろう彼女に何かあったときどう変わるのだろうか。


「何も起こりませんよ」
「……」
「何も、起こさせません」


──ああ、男の目だ。



▽△


「おかえり。仕事終わった?」
「まあね。案の定聞いてくれたよ、四木さんは」


臨也が勝手にぺらぺら話しの間違いでしょ?そう笑う彼女の背中を腕に閉じ込める。
相変わらず柔らかいなあ


「別に報告する必要なかったんじゃないの?」
「あるよ。こんな仕事してるんだ。いつきみの存在が知れてどうなるかわからない」
「やべ、夜道に気をつけようっと」
「ああ、別に心配することはないよ」


きみは今まで通りの生活を送ればいい。
違うのは俺がいつもきみのことを見ていることだけだ。
そしてやがて自覚するだろう。俺にはきみしかいないということに、…きみには俺しかいないということに。


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(20150803)

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