恋人はSP

□想えばこそ
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彼女との再会は、明子を待っていたカフェの店内だった。
「昴じゃない!」
昴の放つ女を寄せ付けない気配を物ともせず、寄ってきた女を昴はじろりと睨んだ。
「研修期間以来かしら?」
男なら振り向かずにいられない美女は嬉しそうに笑う。
「俺は連れと待ち合わせてる。人違いじゃないのか?」
「―北条晃子よ。忘れた?」
女は懐から手帳―警察手帳―を開いた。
顔写真と名前―階級は警部補。
「北条…?」
昴の中で記憶が照合する。
「京都に辞令で移動した…?」
「そう!思い出した?」
北条晃子は昴と同じテーブルについた。
「連れと待ち合わせてるんだがな」
「非番なの?」
「…まあな」
昴は長い脚を組み、北条から顔を逸らした。
「何だよ…俺を見つけてわざわざカフェに入ってきたのかよ」
「たまたまよ。貴方に会えるなんて思わなかったわ」
うっとうしげに眉を寄せる昴に北条は、笑顔だ。
しかも昴が嫌そうにしているのに、ウェイトレスにコーヒーを注文する。
「空気読めよ…ケリつけたろ。俺達」
「…そうね。でも貴方を忘れたことはなかったわ」
ウザい…昴は大通りに顔を逸らしたまま明子を待つ。
「私の挫折は貴方にフラれた事かな」
「ふん…男にフラれ
たのが挫折って、何だよ」
昴の中でいらいらが募ってくる。
「今度辞令で警視庁に戻ってきたの。刑事一課よ」
「どーせ安定したデスク組だろ」
「否定はしないわ。」
北条は身を乗り出してきた。
「貴方、官邸でSPをしているんですって?」
「お耳の早いことで」
「貴方なら警視…いえ警視正になれていたのに…どうしてSPに志願したの?」
「俺がSPに志願したらいけないのかよ」
昴はますます機嫌が悪くなる。
「順調に行けばなれていたじゃない!貴方の実力なら」
「…実力ねえ」
昴は皮肉な笑みを浮かべる。
「キャリアは古参の刑事たちには受け入れられない」
「それはやっかみでしょ?」
「それはキャリアの考え方だ」
地道に歩んでいる刑事達には、出世の約束されたキャリアは煙たい存在…若ければ尚更。桂木と会って、しっかり年功序列を叩き込まれてきた。
桂木もキャリアだが、実直誠実な人柄でノンキャリアからも人望が厚い。
「私はやっかみばかりだったわ。おかげで警部にも昇進できず警部補のまま」
「昇進出来ない愚痴は自分の親父にでも言えよ」
「せっかく再会したのに、昔話くらいしたくならない?」
「変わってないな…」
昴は冷ややかに北条を見やった。
「普段キャリアを振りかざして、打ちのめされりゃ男にすがり付く…」
昴に冷たい笑いが浮かぶ。
「そうやって自分の事ばかりで、俺の事は見なかっただろ」
昴は席を立った。
「見ていたのは俺の肩書きだ」
昴は吐き捨てた。
「違うわ!私は貴方に本気だった」
昴は伝票を手にする。
「貴方と別れたって忘れたことなかったもの」
「すがる男が居なくなったの間違いだろ」
昴はため息を吐く。
「打ちのめされた愚痴の捌け口は他を当たれ」
昴は会計へ向かった。
明子には待ち合わせ場所の変更を連絡しなければ。
清算を済ませ店を出ようとしたとき、自動ドアが開いた。
「―昴さん!遅くなりました!」
肩で息を弾ませた明子がいた。
「すみません…連絡もしなくて」
昴はうって変わって優しい笑顔になる。
「…あの、遅すぎましたか?」
「いや…変な客に絡まれてな。場所を変えようとしていた所だ」
昴は明子の肩に手をかけた。
「すみません…私が遅くなったから」
「明子のせいじゃない」
昴は明子の額に張り付く髪を払ってやる。
「かなり走ったんだろ?大丈夫か?」
「は…はい」
明子はハンカチで汗を拭った。
「喉乾いてるだろ?」
「…はい。自販機の飲み物買わせてください」
明子は息を整えながら言う。
「そのくらい買ってやるよ」
「…缶ジュースくらい私が」
「いいって」
昴は明子の頭を優しく撫でてやる。
そして、カフェを後にした。
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